平成21年1月16日東京地方裁判所判決は、パワハラにより自殺未遂に至ったことについて損害賠償請求が認められた事例です。
【事案の概要】
本件は、会社の元従業員が、会社に対して、入社時の説明と異なる業務に従事させられ、上司からパワハラを受けた結果、過去に罹患したことのあるうつ病を再発させられたにもかかわらず、うつ病を理由に解雇されたと主張して、解雇等が不法行為を構成すると主張して、慰謝料120万円等の支払を求めた事案です。
以下の事実などが認定されています。
・原告は、平成16年10月頃、気分障害の診断を受け、1か月の休職を2回した。その後、原告は、退職した。うつ病は、通常業務が可能なまでに軽快していた。
・平成18年4月、原告は、診断名うつ病、通院加療しながら通常勤務可能となったことを認める旨の診断書の発行を受けた。
・平成18年5月、原告は、会社に入社した。
・原告は、入社後約1週間後、体調不良により欠勤し通院した。
この頃から、部長は、原告が部長の指示通りに動けなくなったりした場合、他の従業員がいる前で「ばかやろう」等と罵るようになった。
部長は、原告に対して、「三浪してD大に入ったにもかかわらず、そんなことしかできないのか。」、「結局、大学出ても何にもならないんだな。」と罵倒したり、「ばかやろう、それだけしかできてないのか。ほかの事務をやっている女の子でもこれだけの仕事の量をこなせるのに、お前はこれだけしか仕事ができないのか。」等と叱責したりした。
叱責は、30分近くに及ぶことが多かった。
・原告は、平成18年5月下旬頃、体調不良により欠勤した。
・原告は、平成18年6月、業務中に居眠りをしていたため、部長から注意された。部長に理由を答えると、部長は、「お前はちょっと異常だから、医者にでも行って見てもらってこい。」と言った。
翌日、原告は、クリニックを受診した。その後、原告は、部長に診断書を提出した。部長は、「うつ病みたいな辛気くさいやつは、うちの会社にはいらん。うちの会社は明るいことをモットーにしている会社なので、そんな辛気くさいやつはいらないし、お前が採用されたことによって、採用されなかった人間というのも発生しているんだ。会社にどれだけ迷惑をかけているのかわかっているのか。お前みたいなやつはもうクビだ。」等と30分くらいにわたり罵声を浴びせた。
・原告は、部長から首だと言われて途方に暮れ、遺書を書き、自殺を図った。
【不法行為の成否の判断】
・原告に課された業務がうつ病を発病させるほど過重なものであったとは認められない。
・部長によるパワハラとうつ病との因果関係も不明である。
・部長の発言は、単なる業務指導の域を超えて、原告の人格を否定し、侮辱する域にまで達しているといえ、不法行為と評価されてもやむを得ない。前後の経緯からして、一連の部長の発言のうち、特に平成18年6月の2日間のものは、自殺未遂の直接の原因になったものと認めることができる。
・解雇については、解雇の意思表示と認めることはできない。もっとも、「クビ」という発言は、パワハラとしてかなり悪質である。特に、うつ病であることを知った後にもこのような言動を続けたことは、うつ病に罹患した場合に自殺願望が生ずることが広く知られたところであることに照らすと、うつ病に罹患した従業員に対する配慮を著しく欠くものと評価される。
・以上の理由から、部長の行為は、パワハラ行為で不法行為を構成する。部長の行為が会社の職務に関連して行われたものであるから、会社は、民法715条による責任(使用者責任)を免れない。
【原告の損害の判断】
・原告は、部長のパワハラ行為により、自殺まで企てるようになった。会社には、精神的苦痛を慰謝する責任がある。
・ただ、部長のパワハラ行為により自殺を企てるようになったのは、うつ病による自殺願望による面がないとはいえないと解される。部長は、原告から診断の報告を受けるまで、原告がうつ病であると知らなかった。
・原告の素因や事情を考慮すると、慰謝料の額としては、80万円が相当である。
【最後に】
1点目に、うつ病等の通院歴がある方がパワハラを受けたことによって大きく体調を崩した場合等には、症状が悪化したと捉えるのか、新たに発病したと捉えるのかで、法的な主張の構成が変わってきます。
本件では、過去にうつ病に罹患し、通院も継続されていたようですが、症状がかなり安定していたように思われます。ですので、現在のうつ病等の精神障害の労災認定基準でも、症状の悪化ではなく、新たな発病の事案と捉えられると思われます。
2点目に、本件判決が下されたのは、平成23年策定の心理的負荷による精神障害の認定基準の策定前でした。当時は、平成11年に策定された、心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針に基づいて、うつ病や過労自死等の労災の判断がされていました。
本件は慰謝料請求であるものの、現在も、慰謝料等の損害賠償請求において、労災の認定基準を参照することが多いです。当時も、判断指針の考え方も、損害賠償請求に大きな影響を及ぼしていたのではないかと思われます。
そして、判断指針が策定された当時、「精神障害による自殺の取扱いについて」(平成11年9月14日付け基発第545号)が発出され、業務上の精神障害を発病した者の自死について、判断指針では、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害されている状態で自死が行われたものと推定する、とされていました。
本件判決でも、うつ病が労災に当たると評価されれば(パワハラ等の業務によってうつ病を発病したといえれば)、自殺未遂がうつ病によって正常の認識等が著しく阻害されている状態で行われたと推定される旨の判断がされた可能性があります。
3点目に、本件判決では、パワハラによってうつ病を発病したとまでは評価できないと判断されています。現在の精神障害の労災の認定基準では、本件判決の認定した事実やパワハラの評価等を前提とする限り、パワハラによってうつ病を発病したと評価される可能性があるように思われます。
本件判決がパワハラが原因であるとの評価に消極的だった事情については、判断指針では、平成21年4月に、「職場における心理的負荷評価表」が見直され、「ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」の追加等が行われています。本件判決や事案は、ひどい嫌がらせ等の出来事が追加される前のことです。そのため、パワハラによってうつ病を発病したとの評価にまで届かなかった可能性もあるように思われます。繰り返しになりますが、現在の労災の認定基準を前提とすれば、パワハラがうつ病の原因であったと評価される可能性があるように思われます。
