はじめに
うつ病の労災申請や、過労自死の労災では、精神障害の労災の認定基準等に基づいて、判断されます。精神障害の労災の認定基準では、パワハラや過大なノルマ等の心理的負荷(ストレス)の程度の評価方法も別表という表に記載されています。
別表には具体例が記載されています。とはいえ、実際にどの程度のことがあれば、「中」や「強」程度の心理的負荷(ストレス)と評価されるかの判断は、必ずしも容易ではありません。
令和6年9月26日名古屋高等裁判所判決は、平塚労働基準監督署が労災と認めなかった決定を取り消しました。高等裁判所なので、地方裁判所でも、ご遺族の訴えが認められていなかった事案です。
上記の高裁判決は、パワハラとノルマの心理的負荷の程度について述べています。以下では、それぞれの判断の部分をご紹介いたします。
パワハラの心理的負荷(ストレス)の程度の評価
「(1)Dチーム長の言動等について
ア 当裁判所による補正後の認定事実(1)エのとおり、Dチーム長は、Bに対し、業務の処理状況や業績目標の達成具合等につき、少なくとも周囲の従業員に聞こえ、かつ、厳しいと受け止められるような態様で、指導又は叱責することがあったことが認められる。このことは、本件ヒアリングの結果によっても、裏付けられるといえ、被控訴人の主張する本件開発センタの事務室の職場環境等は、上記認定を左右するに足りるものではない。
これらの事実によれば、Bは、Dチーム長から、他の従業員の面前において威圧的な叱責を受けることが反復・継続してあったというべきであり、現行別表1の項目22「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」場合の具体例のうち、「他の労働者の面前における威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃」が行われ、かつ、当該「行為が反復・継続している」ものとして、心理的負荷の程度が「強」に該当するか、又は少なくとも「強」に近い「中」に該当すると評価するのが相当である。この評価は、Dチーム長のBに対する叱責等が上司による注意指導として業務上の必要性を否定されないものであったとしても、直ちに左右されるものではない。
加えて、当裁判所による補正後の認定事実(2)エによれば、Bは、平成31年2月25日、Fマネジャーとの面談の席上で、「誰も自分のことを考えてくれない。」とか、「仕事の量が多く短納期で成果を求められるので一人でつらい。」などと、職場の対人関係や業務の量、納期等に関する悩みを打ち明けるのみならず、絶望感や希死念慮を口に出したり、頭を抱えて落ち込んだ様子を見せたりするなど、明らかに異常で極めて深刻な態度を示したものであり(Bの上記希死念慮は、上記面談後の同日午後6時頃の時点でも消失しておらず、それだけ強いものであったことがうかがわれる。)、それが上記悩みに起因するものであることは自明であったといえる。したがって、本件会社は、上記のような心身状態のBに対し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して従業員の心身の健康を損ねることがないよう注意する義務(安全配慮義務)を負うものとして、Bの上記のような心身状態に即した適切な対応が強く求められていたというべきである。
しかし、上記認定事実によれば、上記面談に当たったFマネジャーは、Dチーム長に対し、上記面談後、Bが本件不安全行為について注意した際に不調になり健康管理室で休養した旨の事実経過を報告するにとどまり、それ以上の特段の対応をした形跡はうかがわれない。
(中略)
そうすると、Bが受けた上記パワーハラスメントについて、Bが本件会社に対して相談しても適切な対応がなく又は本件会社がパワーハラスメントがあると把握していても、改善されなかったというべきである。
以上の点を総合考慮すれば、Dチーム長の上記指導又は叱責については、これによりBの受けた心理的負荷の程度が「強」に該当するものと認めるのが相当である。」
ノルマの心理的負荷(ストレス)の程度の評価
「(2)B担当の業務の内容や進ちょく状況等について
ア 前記(1)アの認定及び判断に加え、当裁判所による補正後の認定事実(5)(本件ヒアリングの結果)によれば、Bは、Dチーム長から、納期を達成できなかったことにより強い叱責を受けていたものであって、現行別表1の項目7「達成困難なノルマが課された・対応した・達成できなかった」(ここにいう「ノルマ」は、強く達成が求められる業績目標等を含む。)の具体例のうち、「ノルマが達成できなかったことにより強い叱責を受けた」ものとして、心理的負荷の程度が「中」に該当すると評価するのが相当である。
このことは、Bがルール違反であることを承知の上で納期に追われて本件不安全行為をしていたこと、本件チームに所属してBと一緒に仕事をしていた同僚が、労災手続における事情聴取で、「Bさんが担当していた業務については彼の経験等から見ても量は多かったと思います。1人ではできないんじゃないかと思うくらいの量だったと思いますし、私もDさんと話す機会があった時にBさんの量が多いから何とかしてほしいと言った事があります。それと関係があったかは分かりませんが、Lさんと派遣のMさんがBさんの業務に応援に加わっていました。ただし、それによって劇的にBさんの業務が改善した感じはなかったです。」などと供述していること(乙1の522頁)、本件メール一覧表中のメールには、「〉〉希望納期:6/15(金)時間かけすぎです。6月12日(火)には終えてください。」(番号2)、「火曜日、出社したら即実施してください。このペースだと、耐環境性に関する部分は私のレビュ準備が間に合わないので、Bさんに全て説明してもらうことになりますよ。」(番号4)、「10月3日では遅いです。今週中に品目、品確計画FIXしないと〈E〉準備が遅れます。」(番号26)、「誰の判断ですか?そんなこと許可した覚えはありません。短納期作業はどの業務も同じですし、早々にこの試験を今週中に終えることを指示していたはずです。その間、改造チェックシートを準備することもできなかったとは考えられない。単なる計画の甘さでは?」(番号38)、「Bさん 貴方は、実験室出入り禁止になった自体の収集を急いでください。プリqAl、ノイズ2倍、qAll、qAl、FMEA試験(FUSE削除含む)の主担当は、変わらず貴方です。主担当として、上記2名に指示を与えて、必ず遅滞なく進めてください。」(番号51)などの文面のものが含まれていることからも、裏付けられるものである。
イ これに対し、被控訴人は、Bの担当業務が、強制の程度や達成できなかった場合の影響が軽微であり、損失の発生、責任の追及及びペナルティがいずれもなく、完了予定時期も達成が強く求められない目標にすぎないものであったから、現行別表1の項目7「達成困難なノルマが課された・対応した・達成できなかった」の具体例のうち、「ノルマではない業績目標が示された(当該目標が達成を強く求められるものではなかった)」ものとして、心理的負荷の程度は「弱」と評価するのが相当である旨主張する。
しかし、上記項目にいう「ノルマ」は、被控訴人の主張するような損失の発生や責任の追及、ペナルティの存在を不可欠な要件とするものであるとは解されない。そして、前記アの認定及び判断のとおり、Bが達成を強く求められるものではない業績目標を示されるにとどまっていたとは、到底評価できないから、被控訴人の上記主張は理由がない。
なお、当裁判所による補正後の認定事実(4)によれば、平成31年2月26日を起算日として遡った場合の6箇月間における1箇月ごとのBの時間外労働時間数(専門業務型裁量労働制の適用いかんにかかわらず、週40時間を超えて労働した時間数)は、多い月で約19時間半、少ない月で約7時間であり、上記6箇月間にBが現行認定基準で心理的負荷の指標として挙げられているような長時間労働を行っていたとは、認められない。しかし、時間外労働はそもそも抑制されるべきものであるから、Bの上記のとおりの労働時間の状況から、Bが達成を強く求められるものではない業績目標を示されるにとどまっていたなどと評価するのは、不相当というべきである。」
さいごに
亡くなっている方のご遺族の労災申請の場合、そもそも職場で何があったのかすら具体的に分からない場合もあり、パワハラ等の心当たりがあったとしても、具体的な内容までは分からない場合もあります。
他方で、ご存命の方の労災申請の場合、ご自身で経験していることなので、何があったのかは分かります。
しかし、いずれにしても、実態の把握、証明のために、証拠を集める必要があります。ご存命の方の場合、まさにご自身が経験したことなので、労基署でも、裁判になっても、経験した負担が事実として認定されるのが当然と思われるかもしれません。ですが、ご存命の方の場合でも、十分な証拠がなければ、実際に経験したことがなかったこととして扱われてしまう可能性があります。
また、実際に行われた叱責等が「厳しいと受け止められるような態様」等に当たるのかの判断も必ずしも容易ではありません。ご本人が人格を強く否定されたと訴えたとしても、客観的にはそこまでではないと評価される可能性もあります。客観的にどの程度の心理的負荷(ストレス)と評価される可能性があるか、適切に評価してもらうために経緯や状況等を十分に立証できるか等を検討する必要があります。
最後に、実は長時間労働やキツいノルマ等があるけれども、ご本人がパワハラのみを訴えていることもあります。うつ病の労災申請や過労自死の労災申請の場合、一つのことだけにとらわれず、全体を客観的に評価することが重要になってきます。
うつ病の労災申請や過労自死の労災申請は、弁護士にご相談ください。弁護士は、証拠を集めるところからサポートできます。
当事務所もご相談をお受けしています。
