1 労災や民事賠償における精神疾患と自死との相当因果関係について
精神疾患発病の労災や、過労自死(自殺)では、治療期間がある場合等には治ゆ(症状固定)の有無及び時期が問題となることもありますが1、過労自死(自殺)では、治ゆ(症状固定)以外にも、発病した精神疾患と自死との間の相当因果関係が問題となることもあります。
自死の取扱いについて、現行の精神障害の労災の認定基準では、自殺について、「業務によりICD-10のF0からF4に分類される精神障害を発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し、業務起因性を認める。」等とされています。
そして、心理的負荷による精神障害に係る業務上外の判断指針では、「ICD‐10のF0からF4に分類される多くの・・・精神障害と認められる事案であっても、発病後治療等が行われ相当期間経過した後の自殺については、治ゆの可能性やその経過の中での業務以外の様々な心理的負荷要因の発生の可能性があり、自殺が当該疾病の「症状」の結果と認められるかどうかは、さらに療養の経過、業務以外の心理的負荷要因の内容等を総合して判断する必要があ」り、F0からF4に分類される多くの精神障害以外の精神障害にあっては、必ずしも一般的に強い自殺念慮を伴うとまではいえないことから、当該精神障害と自殺の関連について検討を行う必要がある」と述べられています。
精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会の座長である黒木宣夫医師が編著者である新・精神障害の労災認定「心理的負荷による精神障害の認定基準」の詳解改訂3版・231頁でも、F0からF4に分類される精神障害のうち、必ずしも自殺念慮の出現の蓋然性が高いとまではいえない精神障害にあっては、この推定が自動的に働かず、また、F0からF4に分類される精神障害のうち自殺念慮が高いとされるものであっても、発病後治療等が行われ、相当期間経過した後の自殺については、治ゆの可能性や、その経過の中での業務以外の様々な心理的負荷要因の発生の可能性があり、自殺が当該疾病の症状の結果と認められるかどうかは、さらに、療養の経過、業務以外の心理的負荷要因の内容等を総合して判断する必要がある等と述べられています。
このように、一般論としては、過労自死(自殺)の労災請求や会社に対する損害賠償請求において、自殺念慮の出現の蓋然性が高いとされる精神障害であっても発病後治療等が行われ相当期間経過した後の自死や、自殺念慮の出現の蓋然性が高いとまではいえない精神障害発病後の自死については、精神疾患発病と自死との間の相当因果関係が問題となることがあります。
例えば、2023年3月27日長崎地方裁判所判決は、結論としては、故人が発病した精神疾患と自死との間の相当因果関係を否定しています。
2 2023年3月27日長崎地方裁判所判決
本件判決は、被告が使用者として労働契約上の安全配慮義務違反を怠り、原告の子が被告での過重な業務によって精神疾患を発病させて自死したとして、原告が被告に対して損害賠償の支払等を求めた事案です。
佐世保労働基準監督署は、故人の精神疾患の発病やこれによる自死について労災認定をしています。
本件判決は、判断枠組みについて、精神障害発病等と業務との相当因果関係や、精神疾患の発病と自死との間の相当因果関係の判断に当たっても、精神障害の労災の認定基準を参照の上、個別具体的な事情を考慮するのが相当であると述べています。
そして、本件判決は、平成26年12月頃、故人が他の特定の気分(感情)障害を発病したと判断しています。
その上で、本件判決は、業務による心理的負荷の強度が「強」に当たると判断しましたが、以下のとおり述べて、結論としては、故人がり患した精神疾患と自死との相当因果関係を否定しました。
「Aは、平成26年12月に本件疾病を発病した。本件ガイドラインには、他の特定の気分(感情)障害の症状についての記述は記載されていないが、気分(感情)障害の基本障害について、気分あるいは感情の変化であり、普通、抑うつへ変化したり(不安を伴うことも、伴わないこともある)、あるいは躁/高揚気分へ変化したりするとされる(乙6〔122頁〕)。」
「また、本件疾病を発病した平成26年12月以降、原告がAの状況について、「平成27年2月、3月は仕事が忙しくない時期でもあり、元気になったように見えていました。」と述べ、1年弱の間は、原告からも精神的症状に関する申述が得られていない(甲16、乙3)などの事情からすれば、本件疾病が悪化したとまでは認められないものの、Aの業務内容等が次の(ア)から(ウ)のようなものであったことからすれば、被告におけるAの業務、特に労働時間が、Aの治癒を妨げ、平成29年3月時点においても、本件疾病が存続していたというべきである。」
(中略)
「(2)本件疾病以外の要因の検討
ア 顧客から集金した現金の私的流用
(ア)①Aが、原告やHに対し、平成29年2月7日、ギャンブルに充てるため会社のお金に手をつけた旨のLINEメッセージを送信していることは上記2(3)イ(イ)のとおりである。Aが複数人に同旨の内容のメッセージを送信していること、母である原告や友人であるHに対して虚偽の内容のメッセージを送信する理由も見当たらないことからすれば、上記メッセージの内容のとおり、同日までに、Aが会社の金に手をつけ、ギャンブルに充てたことがあるとの事実が認められる。
そして、②Aが自殺した当時、Aが顧客から回収したものの、被告に入金されていない現金が36万2529円あること(上記2(3)イ(ウ))からすれば、Aが、同年3月31日頃に、被告に納めるべき現金の一部を入金していないことが認められる。
さらに、③Aの集金袋に残っていた現金は約4万3000円であり(原告)、上記未収金には足りないことや、前日の同月30日には、Aは午後6時に退勤していると認められ(上記2(1)エ)、経理担当者に入金できる時間に帰社していたと考えられること(午後7時頃までは経理担当者に集金した金銭を引き渡すことができた(証人E)。)、未収金の中には同月30日より前に集金した現金も含まれていること(乙15、証人I)からすれば、Aが過失や不可抗力によって入金できなかった可能性は低い。
これら①、②及び③からすれば、Aが自殺した時点においても、少なくともAが会社の金に手をつけたという問題は解消されずに継続しており、佐世保支店における顧客からの現金回収の手続の流れ(上記2(3)イ(ア))からすれば、その翌日(翌営業日)には未収金の判明とその理由の説明等を通じて、上記問題が会社(被告)に発覚するおそれがある状況にあったことが認められる。」
(中略)
「ウ 上記アの要因が自殺に与えた影響等
(ア)本件疾病は、発病後の平成27年1月以降の業務内容等に照らし、Aの自殺時においても存続していたことは上記(1)ウのとおりである。また、本件疾病は、本件ガイドライン第5章に含まれる精神障害であって、上記4から6で認定判示のとおり、本件疾病の発病について、業務により発病したものと認められることからすれば、本件認定基準によれば、Aの自殺についても、同障害によって、正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥っていたものと推定される。
そこで、この推定を覆すべき事情があるか検討すると、平成11年7月29日付け精神障害等の労災認定に係る専門検討会報告書(甲22。なお、平成11年に厚生労働省によって定められた「心理的負荷による精神障害に係る業務上外の判断指針」の前提となったものであり、上記判断指針における自殺の取扱いについては本件認定基準においても修正されていない〔甲15、22〕。)によれば、上記のように推定されるのは当該疾病が一般的に強い自殺念慮を伴うことが知られている場合であり、必ずしも一般的に強い希死念慮を伴うとまでいえない精神障害については、自殺時の正常な認識、行為選択能力及び抑制力の阻害の程度が問題とされる旨記載されている。また、上記報告書には、業務に起因する精神障害発病後治療等が行われ、相当期間経過した後の自殺については、治癒の可能性やその経過の中での様々な出来事の評価が必要であり、その発病に業務起因性があっても、自殺が当該疾病の「症状」の蓋然的な結果と認められるかどうか、さらに療養の経過、業務以外のストレス要因の内容等を総合して判断する必要がある旨記載されている。この観点から、本件疾病について検討すると、本件ガイドライン上、他の特定の気分(感情)障害はF3の1つに分類されてはいるものの、他の特定の気分(感情)障害に自殺の危険があることは指摘されておらず(乙6)、本件ガイドラインにおいて、本件ガイドラインF30からF38.1のカテゴリーの診断基準を満たさない感情障害のための残遺カテゴリーであると定義されているため(上記2(2)ア(イ))、他の特定の気分(感情)障害の症状として、自殺の危険が存在するとの医学的知見も見当たらない。また、本件疾病の発病からAの自殺までは約2年3か月が経過していること、上記のとおり、発病後の労働時間等から本件疾病の存続自体は認められ、治療等が行われていないとしても、平成29年1月以降、Aの時間外労働時間が減少している上(上記2(1)エ)、特に、Aが自殺した同年3月は、業務による負荷は減少していた時期であったこと、同年2月頃及び同年3月頃に、Aがパチンコやバスケットボール等に興じていたこと(上記3(2)イ(イ)、乙21の2、証人H)、Aが作成した遺書には、被告での仕事の辛さが記載されているが、作成時期が明らかになったものは、平成28年10月頃に作成されたものであると考えられ、自殺とは約5か月の期間が空いていること、以上の事実は上記推定を覆し得るものといえる。これらに加えて、A自身が自殺の直前の平成29年2月に、原告に対し、会社のお金に手をつけてしまい、何度も自殺をしようとした旨のメッセージを送信していること、自殺した日が佐世保支店の締め日であって、翌営業日には支店長らへ未収金の存在が報告されることとなっており、未収金の私的流用が会社に発覚する可能性が高まっていたことからすれば、Aの自殺は、未収金の私的流用に起因する可能性が高いと考えられる。
そして、上記の判示に加えて、私的流用の事実は、横領等の犯罪行為に該当し得るものであり、会社から何らかの処分を受けるのみならず、社会的な制裁を受けることさえも予想されるものであって、金額の多寡にかかわらず重大な問題となることも併せて考慮すれば、これが自殺の要因であったと考えるのが合理的である。
そうすると、本件認定基準を前提としても、Aが本件疾病によって正常な認識、行為選択能力あるいは精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥って自殺したものとの推定は覆るものというべきである。」
「(イ)これに対し、原告は、未収金の私的利用等は、精神障害発病による判断能力が低下した状況下でのものであって他要因にならないと主張する。
しかし、気分(感情)障害の症状は、抑うつ気分等であって直ちに判断能力の低下等を招くものとはいえないし、Aが平成29年2月及び同年3月頃にそのような状況にあったことを示す事情も見当たらない。また、原告が指摘するように、明らかになっているAの借金は150万円程度であり、本人の収入や家族からの援助で返済可能なものであったといえるし、友人や家族との金銭の貸し借りも頻繁になされていたとの事情も存在するが、パチンコ等のギャンブルを原因として会社のお金に手をつけたとのLINEメッセージの存在や(上記2(3)イ(イ))、数万円の報酬を得る目的で、好意のない女性とドライブに行くなどしていることが窺われる(乙21の4)ことからすれば、Aは金銭的に困窮した状況にあったというべきであり、債務の額によって、上記(ア)の判断を左右しない。
原告は、佐世保労基署の認定も指摘するが、佐世保労基署の判断においては、上記私的流用の事実は表れていなかったのであって、この点についての佐世保労基署の判断は前提を異にするものである。
したがって、原告の上記主張は、採用することができない。」
3 本件判決について
本件判決では、故人が他の特定の気分(感情)障害を発病したと判断されています。
そして、本件判決は、1点目に、他の特定の気分(感情)障害の症状として、自殺の危険が存在するとの医学的知見も見当たらないこと等から、故人の発病した精神障害が自殺念慮の出現の蓋然性が高いとまではいえないと判断しています。
また、2点目に、故人の精神障害の発病から故人の自死までは約2年3か月が経過していること、発病後の労働時間等から精神障害の存続自体は認められ、治療等が行われていないとしても、本件における具体的な事情が推定を覆し得るものであると判断しています。
さらに、3点目に、私的流用の事実が自死の要因であったと考えるのが合理的であったとも判断しています。
以上の3点から、本件判決は、故人が精神障害によって正常な認識、行為選択能力あるいは精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥って自死したものとの推定が覆るものというべきであると判断しています。
確かに、他の特定の気分(感情)障害については、本件判決も述べているように、ICD‐10では、「これは、上記のF30‐F38.1のカテゴリーの診断基準を満たさない感情障害のための残遺カテゴリー」としか記載されておらず、症状が記載されていません。
ですが、中根允文他監修「ICD‐10精神科診断ガイドブック」278頁では、「「F3 気分(感情)障害」の主要な特徴を示す」と述べられています。また、本件判決でも、「本件ガイドラインには、他の特定の気分(感情)障害の症状についての記述は記載されていないが、気分(感情)障害の基本障害について、気分あるいは感情の変化であり、普通、抑うつへ変化したり(不安を伴うことも、伴わないこともある)、あるいは躁/高揚気分へ変化したりするとされる」と述べられています。
抑うつと自死については、次のような指摘があります。すなわち、うつ病や双極性障害以外による抑うつ状態と自死について、デンマークにおけるレジストリー調査において認知症患者が自死の危険性が高いことが示されているが、抑うつ症状と自死との関連が示唆されているとも指摘されています2。また、高橋祥友氏も、自殺の危険第4版・80頁において、「認知症の初期に、患者が抑うつ的となることは臨床上しばしば認めるものであり、周囲の状況を正しく認知できないこととあいまって、些細なことから絶望感にとらわれ、抑うつ的になり、自殺の危険が高まることもめずらしくはない。」と述べています。
また、窃盗行為、過度なギャンブルや借金、高額な買い物や、性的に無分別な行動は、双極性障害でもみられるといわれています3。つまり、躁状態でもみられます。
以上からすれば、気分(感情)障害の基本障害の症状として自死も起こりうると思われます。また、借金、ギャンブル、私的流用、女性関係やバスケットボール等は、躁状態による症状としても理解し得るとも思われます。
とすれば、本件判決が指摘した3点は、他の特定の気分(感情)障害の症状としても理解し得るのではないかと思われます。
ただ、大うつ病性障害や双極性障害と比較して、その他の気分障害の経過と予後に関するデータが極めて少ないとの指摘もありますし4、本件判決では医学論争が繰り広げられたのではないかと思われます。通院歴があるようなので、ご遺族が主治医の意見も確認された可能性もあります。ですので、他の特定の気分(感情)障害の症状としても理解し得るとまではいえないのかもしれません。
なお、恐らく、本件判決の事案については、福岡高等裁判所での審理で、和解が成立したようです。
佐世保の食品会社社員の自殺めぐり遺族と会社側和解 福岡高裁5
「8年前、佐世保市の食品卸売会社に勤務していた当時25歳の男性社員が自殺したのは、長時間労働による精神障害が原因だったとして遺族が賠償を求めた裁判で、和解が成立しました。遺族側によりますと、会社側が解決金を支払うことなどが盛り込まれたということです。」
(中略)
「和解の条件には、会社側が、業務によって精神障害を発症し、自殺したことについて遺憾の意を表することや再発防止に努めること、それに解決金を支払うことなどが盛り込まれたということです。亡くなった社員の70歳の母親は「わが子が突然、未来を断ち切られた残酷さは8年たっても受け入れられるものではありません。これから先、人の命を大切にするという高い企業理念を掲げて経営にあたってほしいと思います」と話していました。」
高裁では、裁判官が、精神疾患の発病と自死との間の相当因果関係が認められると考えたのかもしれません。
4 さいごに
過労自死(自殺)の労災申請でも、労災認定後の民事賠償でも、精神疾患と自死との因果関係が問題となることがあります。本件判決のように、労災認定後でも、精神疾患と自死との相当因果関係が否定されることもあります。発病後時間が経過しているような場合には、主治医がいる場合には主治医の意見が必要な場合もあると思われますし、通院歴がない場合には、より一層、証拠収集、医学的知見が必要になってくると思われます。
過労自死(自殺)の労災請求や労災認定後の損害賠償請求は、弁護士にご相談ください。当事務所もご相談をお受けしています。
- 労災請求や会社に対する民事賠償請求における精神障害の治ゆ(症状固定)について、精神障害の労災における治ゆ(症状固定)の成否が問題となった裁判例、精神障害の労災における治ゆ(症状固定)、寛解に関する労働保険審査会の裁決について ↩︎
- 神庭重信編.講座精神疾患の臨床1気分症群.株式会社中山書店,2020.6,p.167 ↩︎
- 樋口進編.講座精神疾患の臨床8物質使用症又は嗜癖行動症群性別不合.株式会社中山書店,2023.7,p.308‐309,414、加藤忠史.双極症第4版.株式会社医学書院,2023.6,p.33 ↩︎
- 上島国利他編.気分障害.株式会社医学書院,2008.6,p.195 ↩︎
- https://www3.nhk.or.jp/lnews/nagasaki/20250519/5030024057.html#:~:text=%EF%BC%98%E5%B9%B4%E5%89%8D%E3%80%81%E4%BD%90%E4%B8%96%E4%BF%9D%E5%B8%82,%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82 ↩︎
