令和7年12月5日福岡地方裁判所判決は、長時間労働等の量的過重性がなくても質的な過重性で自死の公務災害が認定された事例です。
公務災害の「認定基準上の「人事異動等による急激かつ著しい職務内容の変化を伴う業務に従事したと認められる場合」又は「職場でひどい嫌がらせ又はいじめを執拗に受けたと認められる場合」に完全に該当するとまではいえない(中略)としても、認定基準の「これらに(上記各場合に)準ずるような業務負荷があったと認められる場合」に該当する」と述べ、形式的な判断に終始せず、故人が受けた心理的負荷を総合的に評価して、故人が発病したうつ病やうつ病による自死を公務災害として認めました。
【本件判決の判断】
・故人は、平成27年9月末頃にうつ病を発症した。
・公務起因性(公務災害といえるか)の判断にあたって、量的過重性(時間外勤務数)と質的過重性(異動、パワハラ、業務内容の困難性等)に分けて検討する。
・長時間労働等の量的な過重性について、本件判決は、故人の工業振興係長就任以降の時間外勤務時間数が最大でも20時間を下回り、公務災害の認定基準上の「1月当たりおおむね100時間以上」には及ばず、故人が異動後出勤前や帰宅後に休日に自宅で業務に関連する資料の読み込みや私物パソコンを用いた作業をしていたことなどを考慮しても、量的過重性があったとは認めがたいと判断しています。
本件判決は、ご遺族が主張する自宅での時間外勤務時間数が認められない等とも判断しています。
・質的な過重性について、本件判決は、認定できる事実として、①介護保険係長から工業振興係長に異動した際に受領した引き継ぎ書の内容が当該事務の課題等を解決するための具体的な業務の進め方や内容等を説明するものでなかった等の事情があり故人が自宅に資料を持ち帰り勉強するようになったこと、②故人が、酒を嗜まなかったが、工業振興係長としての付き合いとして、退勤後や休日に、外部団体等との会食に参加する等していたこと、③故人が異動後に係員に業務についての相談や質問をした際に「それは係長の仕事でしょう」、「自分で考えてください」等と強い口調で回答されること等があったこと、④課長が責任回避的な言動をしたりすることがある人であり、故人に対しても「お前はそんなことも分からないのか」等と述べていたこと等の事実を認定しています。
その上で、本件判決は、次のとおり述べ、質的な過重性を認めています。
①「工業振興係長の職務は、中小企業振興事業から公共交通体系見直し事業まで広範かつ多様なものであり、外部機関との交渉、調整等を要する非定型、他律的な業務も包含しており、市民部から産業建設部へという所属する部自体を異にする大きな職務内容の変化を伴う異動であったといえることに加え、工業振興係長への異動の内示から実際の異動までの準備期間は約1週間と短かったこと、亡Aが工業振興係への異動の際に用意されていた前任者からの引継書の主な記載内容は予算額の説明であり、工業振興係長の業務を初歩的な部分から説明するものではなかったことを併せ考慮すると、亡Aが異動前に所属していた市民部で既に係長の経験を約2年2か月有していたこと(中略)を踏まえても、長らく従事してきた税務又は介護保険に関わる業務(中略)とは異なる専門知識を必要とする工業振興係長の業務に未経験者として従事することになったことによる精神的負荷は相当強度であったと考えられる。」
②「広範かつ多岐にわたる工業振興係長の担当業務を亡Aが的確に把握するには同係での業務に必要な知識経験を有する先任職員からの支援や協力が不可欠であったにもかかわらず、亡Aは部下であるC係員の意向に逆らえず市長を待たせる事態に陥ったり(中略)、C係員に仕事の相談を依頼しても「それは係長の仕事でしょう」、「今ですか」などと、他の係員も居合わせる場で反抗的・非協力的な発言をされたり(中略)、突き放すような態度をとられたり(中略)、社会人としてのマナーを欠いた欠勤の連絡をされたり(中略)していたもので(中略)、このようなC係員の言動は、工業振興係に相応の期間在籍して同係での業務に関する知識経験や人脈を豊富に有しているC係員の協力が得られなければ工業振興係長としての業務を円滑に遂行し得ない立場にあった亡Aに対し、非常に強度の精神的負荷を生じさせたと考えられる。」
③「亡Aが工業振興係長に異動してから約1か月強後の平成27年7月下旬頃、C係員と他の係員2名(工業振興係の係員全員)により、亡Aと少し距離を置き業務を手伝わないようにする方針が確認されたこと(中略)も、先任の係員らに頼らざるを得ない状況下で亡Aが疎外感・孤立感を深めていった要因になったと考えられる。(中略)」
④「B課長が亡Aの置かれた状況や心情を思いやることなく、上司として十分な支援を提供しないばかりか、商工観光課の同僚や部下の面前で亡Aを叱責したり亡Aの係長としての能力不足を揶揄するかのような発言をしていたこと(中略)は、仮にB課長にハラスメントの意識がなかったとしても不適切・不相当であり、C係員との関係性が悪化し部下からの支援や協力が得られない状況にあった亡Aが、上司であるB課長からも十分な支援や協力が得られないと感じて自己否定感・屈辱感を高め自らを追い詰めていく状況を作出する契機になったと考えられる一方、他にも人間関係上の問題を抱え、必ずしも良好な雰囲気が醸成されていなかった当時の商工観光課(中略)の他の職員や同課以外の部署の職員が亡Aを積極的に支援していた形跡も見いだせない。(中略)」
⑤結論:「このように、亡Aは、平成27年6月8日の介護保険係長から工業振興係長への異動の前後から同年9月末頃のうつ病発症までの間に、大きく職務内容が変化し、それまで経験したことがなく、分掌事務の範囲も多岐にわたり一様にマニュアル化できない非定型かつ他律的な業務を部下を指導監督する係長の立場で遂行するため寸暇を惜しんで一から勉強せざるを得ない状況に陥ったことに伴う精神的負荷(中略)を受けるとともに、上司及び部下の両方から認定基準上のパワーハラスメントに完全には該当しないまでも不適切と認められる言動や精神的圧迫を受け、それによる精神的負荷も受けていた一方、所属する部署の周囲の職員や他の部署の職員等からの支援や協力は受けられていなかった。さらに、工業振興係の業務の一環として外部団体や企業経営者等との懇親会等の酒席の場に列席せざるを得なかったこと(中略)も酒を嗜まない亡Aにとっては負担となり、これら時期的に密接に関連する精神的負荷が積み重なったことにより平成27年9月末頃にうつ病の症状を呈して(中略)悩みを深め(中略)、普段は考え難いような事故を起こして病気休暇を取得後(同サ)、復職予定日の直前に自殺に至ったこと(中略)が推認されるのであり、認定基準上の「人事異動等による急激かつ著しい職務内容の変化を伴う業務に従事したと認められる場合」又は「職場でひどい嫌がらせ又はいじめを執拗に受けたと認められる場合」に完全に該当するとまではいえない(なお、「ひどい」、「執拗」という評価に完全に該当せずとも精神疾患の発症や自殺に繋がることはあり得るのであって、これらは因果関係の認定における考慮要素の一つにすぎないというべきである。)としても、認定基準の「これらに(上記各場合に)準ずるような業務負荷があったと認められる場合」に該当し、亡Aの平成27年6月8日から9月末頃までの工業振興係長としての業務による精神的負担は、認定基準の要件②「対象疾病発症前のおおむね6か月の間に、業務により強度の精神的又は肉体的負荷を受けたと認められること」を満たしていたというべきである。」
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