令和7年9月3日東京地方裁判所判決・国・名古屋北労基署長事件は、被災者の精神障害の悪化による自死が労災と認められた事例です。
うつ病や過労自死等の労災の認定基準では、原則として、精神疾患の発病前おおむね6か月の出来事が評価され、それらの出来事によって発病したかが問題となります。
悪化(増悪)の場合にも労災として認定されることもありますが、狭き門として考えられています(うつ病や過労自死等の原則論での労災自体も簡単に通るものではなく、発病前と比較しても、悪化の場合はより一層厳しいと考えられています。)。
本件では、労災の原則的な条件を満たさないと判断されながらも、悪化による自死が労災として認められると判断されました。
【事案の概要】
・被災者は、平成26年4月、会社に入社し、工場で勤務していた。
・被災者は、平成27年4月頃、精神障害を発病した。
・被災者は、平成27年12月、自死した。
【本件判決の判断】
・発病名、発病時期について、複数の診断が存在する等の事情から大きな争点になっていたようです。結論としては、本件判決は、平成27年4月までに双極性感情障害を発病し又は双極性感情障害と適応障害を併発していたと認めるのが相当であると判断しています。
なお、ご遺族側からは被災者が高校生の頃に双極性感情障害を発病していたとも主張されていましたが、当時のその旨診断されていたことがないこと等から、高校生の頃に発病していたとの主張を否定しています。双極性感情障害は躁状態と鬱状態を繰り返す病気であり、仮に高校生の頃に発病していたとすると、労災での考え方において、平成27年4月頃に新たに発病したという構成が取れるのかは、関心があります。
・過労自死の労災では、原則として、精神疾患の発病前おおむね6か月の出来事が評価対象になります。本件判決は、仕事内容・量の変化、通院の強制、他部門の同僚からの非難等といったご遺族側の主張について、事実として認められないか、認めれるとしても心理的負荷が「強」とはならない旨判断しています。
・しかし、本件判決は、結論として、発病後自死までに精神疾患が業務により増悪し、それにより自死した旨判断しています。
・本件判決は、医師の意見書には平成27年12月1日と2日知の出来事の後に精神障害が急速に悪化したと記載されており、これを否定する見解が証拠上認められないこと等から、被災者が発病した精神疾患が平成27年12月1日頃から同月5日頃までの間に自然経過を超えて著しく悪化したものと認められると判断しています。
・平成27年12月の全体朝礼で係長が被災者を蹴ったことについて、①蹴った強さが治療を要する程度の強さでなかったものの、係長自身も人を蹴る意図で行ったといえる程度の強さであったと認めていることからすると、被災者が、係長から暴行と評価できる程度の身体的攻撃を受けたと評価でき、②係長が被災者を蹴った理由や蹴った際の感情、蹴られる前の被災者の行為の内容、他の同僚の目に触れる場で行われていたことを踏まえると、係長が被災者の右すね辺りを蹴ったことは注意・指導の方法として必要かつ適当な方法といえず、③係長から蹴られた出来事は、心理的負荷の強度が「中」程度に該当するものと評価できる。
・平成27年12月、係長は、被災者が手洗い等をしないで製造エリアに入ったことについて、他の同僚もいる場において、強い口調で、数分間の叱責をしたものと認められる。被災者の規則違反行為が会社にとって重大な問題となる行為といえ、強く注意する必要性があり、他の同僚の前で注意したことにも必要性があったことから、心理的負荷の強度は「弱」を超えるものではない。
他にも、課長からの叱責等について、心理的負荷の強度が「弱」を超えるものではないと判断されています。
・平成27年12月の退職勧奨について、懲戒解雇か諭旨退職の選択を迫るものであったと評価できる。自主退職の働き掛けが1回かつ長時間ではなく、被災者が退職の意思がないことを表明せずにその場で自主退職をする旨の回答をしていたことからすると、本件退職が執拗なものでなく、退職を強要していたものとまでは認められない。懲戒解雇を指すと受け止められる文言が使用されていたことに加えて、被災者にとっては上位の職位にある者4名が同席する状態で行われたものであることも踏まえると、退職勧奨は、強い退職勧奨であったといえる。退職勧奨は、心理的負荷の強度が「中」に該当する業務上の出来事であった。
・発病後の業務上の出来事について、総合評価すると、「強」に相当するものであった。
・結論として、精神疾患の増悪及びこれに起因した自死は、業務に起因するものと認められる。
【さいごに】
本件では、過労自死の労災の認定基準の原則論(発病前の出来事を評価)ではなく、増悪(悪化)によって労災と認定されています。
1点目に、悪化については自然経過を超えて著しく悪化したものか否かが問題となります。自然経過を超えて著しく悪化したとの立証が難しいと考えられており、悪化の場合には労災認定を得るのが難しいと考えられています。本件では、医師の意見書が根拠となり、自然経過を超えて著しく悪化したと認定されています。
2点目に、係長から蹴られたり、退職勧奨を受けたことについて、それぞれ「中」程度と評価されています。足のすねを強く蹴られたり、懲戒解雇か諭旨退職か迫られていると受け取られるものでありますが、それでも、「中」程度との評価にとどまっています。現在の労災の認定基準上によれば妥当な評価かと思いますが、被災者側からすると厳しい基準と受け止められることもあるかと思われます。
また、課長からの叱責等について、業務上の目的や必要性等から、心理的負荷の強度が「弱」程度と評価されています。実際に叱責を受けた被災者からすれば心理的負荷が小さかったとは受け止めないように思われます。ですが、労災の認定基準では、叱責等のパワハラに至る経緯や業務上の必要性等から、心理的負荷の強度が評価されており、本件判決のような評価に至る場合もあります。
本件判決では心理的負荷の強度が「強」と評価され業務起因性が認められたものの、個々の出来事の心理的負荷の評価を見る限り、うつ病や過労自死等の労災の認定基準の厳しさが垣間見えます。
