はじめに
令和2年7月1日仙台地方裁判所判決判例タイムズ1481号221頁は、ご遺族が、北海道公立教員であった子が上司によるパワーハラスメントを受けたこと等により精神的に追い詰められ自死したと主張して、国家賠償請求した事案です。ご遺族側の請求が(一部)認められ、被告の賠償責任が認められています。
なお、被告から控訴されましたが、ご遺族側勝訴の結論に変更はありませんでした。
上司によるパワハラ
上司による注意等については、次の内容等が認定されています。
「(4)F教諭の亡Dに対する注意(6月23日及び同月26日)及び亡Dの行動
ア F教諭は,平成27年6月23日,亡Dに対し,亡Dの生徒への関与姿勢について,約36分間にわたり,「生徒の方見てるっつうのは答えひとつだべや。関わっていくしかねーべや,お前向いてねーって。うそつけって。おまえ向いてねえから答えでねえんだよ。」,「行動しろよって言われて怒られてんのに行動しないっていう選択をするの?」などと言って注意した。また,F教諭は,上記注意の際,亡Dに対し,「そのスタンスを否定するわけじゃないから。」と話す一方,「何もしないことを怒られているのに,何もしないことを取るのか。」と言い,亡Dの生徒に関する関与姿勢を変えるように執拗に促した。F教諭による上記注意の中には,教育の根本たる亡Dの生徒への関与姿勢そのものを否定するなど,亡Dの生徒指導の姿勢ないし言動を批判する言葉が多数含まれており,亡Dは,従来からのF教諭による度重なる注意とあいまって,教師として生きてゆく自信を喪失した。(甲16,19)
そのため,亡Dは,同月24日,自殺を図ろうとして稚内市内のホームセンターにおいて練炭を購入するとともに,同日,自宅において,ベルトで自分の首を絞めて自殺を図ったが,痛くなり,これを中止した(甲20の1・11,12頁)。
なお,亡Dは,F教諭との上記やりとりを録音していたため,平成27年6月23日の上記注意は,亡Dが自殺した後に初めて発覚した。」
「(5)F教諭の亡Dに対する注意(7月27日)及び亡Dの行動
ア 平成27年7月27日午後1時から午後1時30分頃までの間,亡Dを含め,□□高校定時制課程の教諭6名が同校に出勤していた。
イ F教諭は,同日午後1時30分頃,亡Dに対し,担当するクラスの生徒Aが午後4時頃に宿泊研修の同意書を提出するため登校することから,生徒が来たら,そのことを生徒会室に伝えに来てほしい旨依頼し,別の生徒と作文を書くため,生徒会室へ移動した。F教諭の上記依頼は,生徒会室で作文を書く生徒と生徒Aが鉢合わせることがないようにしたいという意図によるものであった。(証人F16頁,乙4)
ウ 亡Dは,同日午後4時頃,英語の講習を予定していたが,受講予定の生徒Bが登校しなかったため,職員室で待機していた。そして,亡Dは,同日午後4時30分頃,生徒Aが登校したため,生徒Aを生徒会室へ同行した。その後,F教諭と共に,生徒Aを生徒玄関まで見送った。(証人F17頁)
エ F教諭は,同日午後5時から15分から20分間にわたり,職員室において,亡Dに対し,亡Dが生徒Aを生徒室に同行したことについて,「なんでそうしたの。」,「こうするべきじゃないの。」,「期待した反応と違ったから。」などと述べて,亡DがF教諭の意図とは異なる対応をしたことを淡々とした口調で注意した。そして,亡Dは,これを黙ってうつむいて聞いており,F教諭が職員室を退室した後,亡Dは,机に肘をつき,頭を垂れて,うなだれた様子であった。(証人I6,7頁)」
録音や証言によって認定されているようです。パワハラの労災申請やパワハラ訴訟では、事実があったと認めてもらうために、証拠が極めて重要です。
遺書の内容
亡くなられた方は、「遺書に「毎日仕事で何かしらのミスをしてその都度周囲に詫びる日を繰り返していましたが,いつも消えたくなる気持ちでいっぱいでした。」,「稚内に来てから何となく心細く感じることはありましたが,それでもまだ何とか生きていくことはできてきました。しかし,今年の四月からは状況が一変しました。校内人事が変わり,私は昨年度と同じ分掌を続けながら一学年の副担任が割り当てられました。当初は本当にやる気で満ちていました。しかし実際に始まってみると,出来ないことだらけであることに気付かされました。」,「学年の仕事についても,どこか意識が追いついていないことが多く,担任の先生の足を引っ張ってばかりいました。4月に「全力でサポートします」と言っておきながら何も出来ない自分が本当に情けなかったです。」などと記載」していました。
上司の指導方法が違っていれば、職場環境が違っていれば、本件判決の事案のようにミスを指摘されたり、叱責されることはなかったかもしれません。精神的苦痛を受けて心身に過度な負荷を受けなければ、うつ状態にならなければ、ここまで自分を否定、責めてしまうこともなかったかもしれません。遺書の内容からも、上司のパワハラ等の過酷な職場環境があったことが窺えます。
上司によるパワーハラスメントへの裁判所の評価
裁判所は、上司によるパワーハラスメントについて、次の内容等のように評価しました。
「イ 平成27年6月23日及び同月26日のF教諭の亡Dに対する注意について
(中略)
上記認定事実によれば,平成27年6月23日のF教諭の亡Dに対する注意は,亡Dの生徒指導の姿勢ないし言動を批判する言葉が多数含まれる執拗なものであり,亡Dは,その翌日,自殺を図るために練炭を購入するとともに首を絞めて自殺を図っていることが認められることからすれば,上記注意は,従来からの注意による心理的負荷等とあいまって亡Dに対し,未だ勤務経験2年余りにすぎない亡Dが教師として生きてゆく自信を喪失させるなど,亡Dに対し重大な精神的苦痛を与えるものであったと認めるのが相当である。
他方,上記認定事実によれば,F教諭の注意の内容は,基本的には亡Dと同じクラスを担当する先輩教諭として生徒指導に関して注意するものであり,従来から繰り返されたF教諭による注意の具体的内容が証拠上必ずしも明らかではないことを踏まえると,直ちに業務上必要性を欠くとまでいうことはできない。また,上記認定事実によれば,少なくとも上記各注意の当時には亡Dはうつ状態である旨の診断を受けていなかったことからすれば,当時亡Dの客観的な精神状態が証拠上必ずしも明らかではないことを踏まえると,F教諭による亡Dに対する注意は,それ自体執拗なものではあったものの,直ちに相当性を欠くとまで認めることはできない。
これらの事情の下においては,平成27年6月23日及び同月26日のF教諭による亡Dに対する注意は,執拗な注意の後更に注意を繰り返すものであり,亡Dを自殺未遂に追い込むなど亡Dに重大な精神的苦痛を与えるものではあったものの,従来から繰り返されたF教諭による注意の具体的内容及び当時の亡Dの客観的な精神状況その他亡Dが心理的負荷等を蓄積した経過が証拠上必ずしも明らかにされていないことを踏まえると,少なくとも現時点においては,上記注意が直ちに業務上必要かつ相当な範囲を超えるものとまで立証されたということはできず,不法行為法上違法になるとまで認めることはできない。」
「ウ 平成27年7月27日のF教諭の亡Dに対する注意について
(中略)
上記認定事実によれば,平成27年6月24日には,亡Dは,F教諭から注意を受けたことによって教師として生きてゆく自信を喪失し,自殺をするために練炭を購入するとともに,ベルトで首を絞めて自殺を図るなどしており,平成27年6月27日には,心療内科においてうつ状態であると診断されたことが認められる。
これらの事情の下においては,亡Dの精神状態は客観的に極めて不安定な状況に陥っていたことが認められるのであるから,その後にF教諭が更なる注意をした場合には,亡Dの心理的負荷等が過度に蓄積して亡Dのうつ状態を更に悪化させ,亡Dに対し自殺を動機付けるなど亡Dの生命又は心身の健康を損なう状況に至っていたものと認めるのが相当である。
そうすると,従前からのF教諭による執拗な注意の経過及び亡Dの上記精神状態を踏まえると,少なくとも亡Dがうつ状態と診断されて以降は,亡Dに対し,これ以上業務の遂行に伴う心理的負荷等を蓄積させるのは相当ではないというべきである。
それにもかかわらず,前記認定事実によれば,F教諭は,同年7月27日,亡Dに対して15分から20分間にわたり注意をしたことが認められるところ,従来からの執拗な注意等の後に,更に注意を繰り返すものであることを踏まえると,上記注意は,亡Dの上記精神状態に照らし,亡Dに対し自殺を動機付けるなど亡Dの生命又は心身の健康を損なうものであったというべきである。
したがって,F教諭が亡Dに対して上記注意をした行為は,業務上必要かつ相当な範囲を超えるものとして,不法行為法上違法となると解するのが相当である。
(イ)他方,前記認定事実によれば,亡Dが平成27年6月27日にうつ状態の診断を受けていたにもかかわらず,F教諭は,その事実をG校長らから伝えられておらず,その後亡Dに対する注意を自制するよう指導を受けることすらなかったのであるから,亡Dの精神状態が客観的に極めて不安定であったこと及びその原因が自己の亡Dに対する執拗な注意にあることを的確に認識していなかったことが認められる(前記1(4)ク)。
そうすると,同年7月27日のF教諭による亡Dに対する注意には,故意又は過失があったものと認めることはできない。
したがって,F教諭の上記行為に不法行為は成立しない。」
裁判所の判断の結論
結論としては、次の内容等が述べられ、被告の安全配慮義務違反が認められています。
「上記認定事実によれば,G校長らは,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して亡Dの心身の健康を損なうことがないように,F教諭に対し,亡Dのうつ状態の原因が教師として生きてゆく自信を喪失させるようなF教諭の度重なる注意にあることを自覚させ,未だ勤務経験2年余りにすぎない亡Dが教師として生きてゆく自信を喪失させないように,亡Dにこれ以上の注意をしないよう自制を促すとともに,亡Dの意向を聴取するなどして亡Dの精神状態に配慮した上で,亡Dの意向に反しない限度で,F教諭が業務において亡Dに接触する機会を減らす措置を講じる義務を負っていたにもかかわらず,これを怠ったものというべきである。」
「H教頭において,亡DはF教諭からの注意により,未だ勤務経験2年余りにすぎない亡Dが教師として生きてゆく自信を喪失させ,亡Dのうつ状態がF教諭の度重なる注意に起因するものであったことを認識していたことは,上記において説示したとおりである。それにもかかわらず,G校長らは,亡Dに対し,休暇を勧めたり,亡Dの相談に乗ったりするなどにとどまり,亡Dのうつ状態の原因である当のF教諭に対しては,亡Dのうつ状態の原因が教師として生きてゆく自信を喪失させるようなF教諭の度重なる注意にあることを自覚させ,未だ勤務経験2年余りにすぎない亡Dが教師として生きてゆく自信を喪失させないように,亡Dにこれ以上の注意をしないよう自制を促すことをしなかったのであり,亡Dの悩みの原因の根本を取り除く措置を講じなかったものと認めるのが相当である。」
使用者側から実際に措置を講じたなどと主張されることもありますが、根本的な措置を講じていたのかが(も)問題となります。
被告の反論
実際の事件の詳細が分かりませんが、被告からは、亡くなった方の状態がうつ状態で、うつ病等の精神疾患を発病していないこと等から、自死との間に相当因果関係が認められないといった反論もされていたようです。
「被告は,亡Dの遺書には,他人を非難する内容は含まれておらず,かえって自己の不甲斐なさを訴える内容であったのであり,元来有していた精神的脆弱性と相まって,必要以上に自分を追いつめて自殺に至ったものであるから,G校長らの安全配慮義務違反と亡Dの自殺との間には相当因果関係がなく,また,労災認定基準によれば,亡Dのうつ状態は,業務を起因として発病した精神障害には当たらず,うつ状態による自殺も業務に起因するものではないから,仮に被告の安全配慮義務違皮が認められたとしても,亡Dの自殺との間に相当因果関係はない旨主張する。
しかしながら,前記認定事実によれば,亡Dが残した遺書には,F教諭の副担任が割り当てられた4月から状況が一変し,仕事のミスで周囲に詫びる日を繰り返し,消えたくなる気持ちで一杯であり,F教諭の足を引っ張ってばかりいた趣旨が記載されていたことからすれば,当該遺書にF教諭に対する直接的な非難の言葉が記載されてなかったとしても,亡Dの自殺の原因自体がF教諭からの注意であったことは,上記遺書自体からも読み取り得るというべきである。のみならず,前記認定事実によれば,自殺に至る直前である平成27年7月22日には,実家に帰省する予定を立てて夏期休暇を取得し,スポーツ観戦のチケットの購入を原告X1に依頼するなどしていたのであり,F教諭の注意のほかに,自殺に至る原因を認めるに足りる的確な証拠がないことからすると,前記認定事実に係る事実経過を踏まえれば,亡Dの自殺の原因は,教師として生きてゆく自信を喪失させるようなF教諭の度重なる注意にあったとするのが自然である。
また,被告主張に係る災害補償制度は,使用者が労働者を自己の支配下に置いて労務を提供させるという労働関係の特質に鑑み,業務に内在ないし随伴している危険が現実化して労働者に傷病等を負わせた以上,使用者に無過失の補償責任を負担させるのが相当であるとする危険責任の法理に基づくものである。そのため,業務と傷病との間の相当因果関係の有無は,その傷病が当該業務に内在又は随伴する危険の現実化したものであるかどうかによって判断されるべきものである。これに対し,不法行為法は,損害の公平な分担を趣旨とし,使用者側の過失に基づき,労働者が被った損害を填補させるものであるから,不法行為における相当因果関係の有無は,債務者の有責行為と損害との間における事実的因果関係及び債務者に当該損害を負担させる相当性の有無によって判断されるべきものである。
そうすると,上記制度趣旨の相違に鑑みると,業務起因性がないことをもって直ちに不法行為法上の相当因果関係がないとはいえず,被告の主張を踏まえても,上記判断を左右するに至らない。」
過労自死の損害賠償請求については労災や公務災害の認定を受けた上で行うことが多いところ、労災や公務災害認定を受けるということは、うつ病や適応障害等の補償の対象となる精神疾患の発病が認められているということです。そして、実務上、労災の考え方は、自殺念慮が症状として現れることが十分に考えられると認められているうつ病等の精神疾患を発病している場合には、通常、精神疾患と自死との間の法的な繋がりが推定されています。自死の背景にうつ病等の精神疾患が存在することが多いとの医学的な知見に基づいて、そのように考えられています。
ですので、亡くなった方が精神疾患を発病していなかったのだとすると、被告が行ったような主張も、(被告の立場からすれば)あり得ると思われます。
ですが、上述のように自死の背景にうつ病等の精神疾患が存在することが多いです。また、「うつ状態」というのは、例えば適応障害等の診断が付けられるのにあえて「うつ状態」とされることもあります。さらにいえば、遺書の内容や、認定されている亡くなられた方のご様子からしても、うつ病や適応障害を発病していた可能性があるように思います。亡くなる前に受診歴が全くない場合はもちろん、分かりにくい診断が付いている場合も、一般論としては、故人の生前の様子を見ていき、証拠を集め、発病の有無から検討する必要があります。
本件判決では6割の素因減額という、大幅な減額がされています。亡くなられた方が元来不安を感じやすい性格であったこと等が述べられています。しかし、うつ病や適応障害といった発病の立証がされていなかったことが、大幅な減額に繋がったのではないかと思われます。
さいごに
過労自死の労災申請、損害賠償請求は、弁護士にご相談ください。
当事務所もご相談をお受けしています。
