長時間残業でうつ病や自死(自殺)等の労災が認定される?
結論からいうと、長時間労働(残業)でうつ病や自死(自殺)等の精神疾患の労災が認定される可能性はあります。
うつ病・適応障害や自死(自殺)の労災については、精神障害の労災の認定基準が策定されています。
そして、精神障害の労災の認定基準では心理的負荷(ストレス)を与える出来事が具体例として示される等しています。長時間の残業(時間外労働)も、心理的負荷(ストレス)を与える出来事とされています。
残業の時間の数え方は?
精神障害の労災の認定基準では、1週間40時間を超える時間が、残業(時間外労働)として扱われます。
例えば、平日週5日9時から21時まで仕事をして、休憩時間が1時間だとすると、平日1日あたりの残業時間は3時間です。
12時間(9時から12時)-1時間=1日当たりの労働時間11時間
11時間-8時間(40時間÷5)=1日当たりの残業時間3時間
週5日だと、15時間の残業になります。
加えて、土日に合計5時間働くと、20時間の残業になります。
そして、このような働き方を1か月続けると、1か月の残業時間は、約80時間になります。
残業で労災が認められる例は?
精神障害の労災の認定基準では、まず、その出来事が認められた場合には、心理的負荷(ストレス)の総合評価を「強」と判断する「特別な出来事」という出来事が明記されています。
「特別な出来事」の例として、以下の例も挙げられています。
発病前の1か月におおむね160時間を超えるような、又はこれに満たない期間にこれと同程度の(例えば3週間におおむね120時間以上の)時間外労働を行った
おおむねであり160時間を超えなければいけないわけではないのですが、例えば160時間を超えるような働き方は、どのような働き方でしょうか。
残業が約80時間になる働き方の例は、上述のとおりです。
約160時間になる働き方は、例えば以下のような働き方です。
平日9時から24時までで、休憩1時間=平日1日あたりの残業6時間
平日5日間の残業=30時間
土日のどちらかに10時間働く、又は5時間ずつ働く
これで、1週間の残業時間が40時間になります。
このような働き方を1か月続けると160時間になります。
誰がどう見ても働き過ぎだと分かると思います。
「特別な出来事」以外の出来事については、精神障害の労災の認定基準の別表の業務による心理的負荷評価表の「具体的出来事」のいずれかに該当するかを判断する等して、心理的負荷(ストレス)の総合評価を行うこととされています。
仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事
心理的負荷の強度が「中」になる例
取引量の急増、担当者の減少等により、仕事量の大きな変化(時間外労働時間数としてはおおむね20時間以上増加し1月当たりおおむね45時間以上となるなど)が生じた
心理的負荷の強度が「強」となる例
仕事量が著しく増加して時間外労働も大幅に超える(おおむね倍以上に増加し1月当たりおおむね100時間以上となる)などの状況になり、業務に多大な労力を費やした(休憩・休日を確保するのが困難なほどの状態となった等を含む)
1か月に80時間以上の時間外労働を行った出来事
心理的負荷の強度が「中」になる例
1か月におおむね80時間以上の時間外労働を行った
心理的負荷の強度が「強」になる例
・発病直前の連続した2か月間に、1月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行った
・発病直前の連続した3か月間に、1月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行った
恒常的長時間労働がある場合に心理的負荷(ストレス)の強度が「強」になる具体例も明記されています。
1か月おおむね100時間の時間外労働を「恒常的長時間労働」の状況とし、次の①から③の場合には当該具体的出来事の心理的負荷を「強」と判断する。
①具体的出来事の心理的負荷の強度が労働時間を加味せずに「中」程度と評価され、かつ、出来事の後に恒常的長時間労働が認められる場合
②具体的出来事の心理的負荷の強度が労働時間を加味せずに「中」程度と評価され、かつ、出来事の前に恒常的長時間労働が認められ、出来事後すぐに(出来事後おおむね10日以内に)発病に至っている場合、又は出来事後すぐに発病には至っていないが事後対応に多大な労力を費やしその後発病した場合
③具体的出来事の心理的負荷の強度が、労働時間を加味せずに「弱」程度と評価され、かつ、出来事の前及び後にそれぞれ恒常的長時間労働が認められる場合
例えば、パワハラやセクハラの心理的負荷(ストレス)の強度が「中」程度と評価されるとしても、パワハラやセクハラの後に恒常的長時間労働が認められる場合、パワハラやセクハラの心理的負荷の強度は「強」と判断されます(上記①)。
連続勤務も心理的負荷(ストレス)として評価される?
2週間以上にわたって休日のない連続勤務を行った出来事も心理的負荷(ストレス)を与える具体的出来事として例示されています。
心理的負荷の強度が「中」になる例
平日の時間外労働だけではこなせない業務量がある、休日に対応しなければならない業務が生じた等の事情により、2週間以上にわたって連続勤務を行った(1日当たりの労働時間が特に短い場合を除く)
心理的負荷の強度が「強」になる例
・1か月以上にわたって連続勤務を行った
・2週間以上にわたって連続勤務を行い、その間、連日、深夜時間帯に及ぶ時間外労働を行った
いずれも、1日当たりの労働時間が特に短い場合を除く
過労死ラインとは?
上述のように精神障害の労災の認定基準では残業によって心理的負荷(ストレス)を与える例が示される等されています。過労死ラインとは、発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間から6か月間平均で1か月当たりおおむね80時間を超える残業のことをいいます。1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働と表現されることもあります。
本記事では主に精神障害の労災について述べてきましたが、過労死ラインというと、脳・心臓疾患の労災(いわゆる過労死)も踏まえています。
さいごに
うつ病や自死(自殺)等の精神疾患の労災では、残業の有無や程度も重要な点です。ただ、何が労働時間に当たるのかや、実際の労働時間を証明できるのか等、長時間労働の主張だけでも法的に検討を要することがあります。ご本人からしても、ご遺族からしても働き過ぎだとしても、証明できなければ、労基署は、実際の残業時間を労働時間としては認めない可能性があります。実際に働き過ぎだったのに、会社が、働き過ぎではなかったと主張することもあります。会社が労働時間を正確に管理・把握しているのか・していないのか、ご本人がタイムカードや勤怠の打刻後も仕事をされていたのか、自宅でも仕事をされていたのか等、事案によって、労働時間の証拠を集めて、証明する必要があります。
また、被災者が長時間残業を訴えていても、実際には長時間残業だけでなく、上司からの叱責や、厳しいノルマが課されている等、ご本人が仕事で受けた心理的負荷(ストレス)を与える出来事が複数存在することもあります。ご本人の主訴に囚われないことが重要です。
さらに、精神障害の労災の認定基準では、原則として、うつ病や適応障害等の病気になる前の出来事が評価対象になります。例えば、ご本人が働き過ぎの時期が病気になった後だとすると、原則として、その出来事は評価対象になりません。うつ病などの影響によって仕事の効率が落ち、その結果として残業時間が増えた等と評価される可能性もあります。特に通院歴がない故人の自死(自殺)の場合等、うつ病などの病気になった時期も慎重に検討、証明する必要があります。
長時間残業によるうつ病や自死(自殺)等の精神疾患の労災申請は、弁護士にご相談ください。
当事務所もご相談をお受けしています。
