はじめに
仕事が原因で適応障害と診断された場合や、適応障害になり、自死(自殺)された場合、被災者やそのご遺族は、労災申請と会社に対する損害賠償請求等をできる可能性があります。
適応障害とは?
ICD‐10精神および行動の障害DCR研究用診断基準によれば、適応障害は、次の基準を満たす病気です。
① 症状発症前の1か月以内に、心理社会的ストレス因を体験した(並はずれたものや破局的なものではない)と確認されていること。
② 症状や行動障害の性質は、気分(感情)障害(F30‐F39)(妄想・幻覚を除く)や、F40‐F48の障害(神経症性、ストレス関連性および身体表現性障害)、および行為障害(F91.‐)のどれかにみられるものであるが、個々の障害の診断基準は満たさない。症状はそのありようも重症度もさまざまである。
うつ病等の他の病気の診断が付く場合には、適応障害との診断はされません。人間関係、経済的問題、身体疾患等に伴う様々な心理社会的なストレス因を明らかな契機として、反応性に様々な症状が現れ、生活、学業、職業に適応不全の状態が一定期間持続して、ストレス因がなくなるかその影響が小さくなれば軽快するという特徴をもつストレス関連精神疾患です1。
適応障害の労災申請
うつ病等の精神障害の労災の認定基準では、対象となる病気が決まっています。適応障害は、精神障害の労災の対象になります2。適応障害と診断できる病状でも、抑うつ状態と診断されることもあります。
そして、精神障害の労災の認定基準では、原則として、対象になる病気になっていることの他に、病気になる前のおおむね6か月の間に仕事による強い心理的負荷(ストレス)があると認められ、仕事以外の心理的負荷(ストレス)等によって病気になったとは認められないことを満たす必要があります。
精神障害の労災の認定基準を満たせば、適応障害も労災として認定されます。
労災認定を受ければ休業補償給付等の受給できますので3、上司からのパワハラ、サービス残業や休日出勤等の職場環境によって体調を崩して適応障害と診断された場合には、労災申請することをお勧めいたします4。
休職すると会社から休職を命じられ、休職期間満了までに自然退職や解雇の扱いになることもあります。労災で適応障害になり休職している場合、休職期間満了での自然退職等にはできません5。交渉段階では会社が労災と認めることは稀だと思いますが、労災であると主張して交渉することも、後に自然退職等の効力を争うことも考えられます。その場合にも、並行して労災申請を行うことも考えられます。
労災申請から労災の結果が出るまで大体8~9か月からそれ以上の期間が必要になる場合があります。適応障害のために休職せざるを得ない場合、まずは傷病手当金を受給することも考えられます6。
適応障害も、症状として、自殺念慮(希死念慮)があります。適応障害の診断を受けていた大切な家族が自死された場合には、遺族補償給付等を受給できます。
適応障害等の精神疾患の診断を受けていなくても、適応障害等の病気になっていた可能性もあります。生前に精神科や心療内科等を受診していなくても、過労自死(自殺)の労災と認定される可能性もあります7。
ご遺族の今後の生活保障等のためにも、働き過ぎ等が原因で大切な家族が自死された場合にも、労災申請をご検討されるのが良いと思います。
会社への損害賠償請求
過重な仕事が原因で適応障害になったり、その影響として自死された場合、被災者やそのご遺族は、会社に対して損害賠償請求できる可能性があります。
労災請求では、仕事が原因で適応障害等の病気になったり、自死されたか否かが判断されます。会社に法的な責任があるか否かは、判断されません。
他方で、会社への損害賠償請求では、仕事が原因で適応障害等の病気になったり、自死されたことに加えて、会社に法的な責任があるか否かが問題となります。
労災請求と会社への損害賠償請求は別個の手続です。手続の順序も決まっていません。ただ、実務上は、まずは労災請求を検討することが多いです8。
会社への損害賠償請求では、労災の休業補償給付等では足りない休業損害や逸失利益(将来の収入の減少分)等や、労災保険では支給されない慰謝料(入通院慰謝料、後遺症慰謝料、死亡慰謝料)等を請求できます。
適正な賠償を求めるだけでなく、再発防止や謝罪を求めることもあります。
仕事が原因で適応障害になったり、その影響で自死(自殺)された場合、労災請求までされる方もいれば、会社への損害賠償請求もされる方もいます。
目的に応じて、どの手続をどうやって進めるのか、検討することが必要です。
さいごに
以上のように、仕事が原因で適応障害になったり、自死された場合、被災者やそのご遺族は、労災申請や会社に対する損害賠償請求ができる可能性があります。
ただ、適応障害は、ストレスに起因する病気です。ストレスから離れて一定期間経過することで、治ることが多いです(治らない場合は、うつ病等の他の精神疾患の可能性が検討されます。)。イメージとしては、健康と病気の境目付近の状態です。
例えば上司からのパワハラが原因で適応障害になった場合、労災申請にあたって、パワハラの証拠を集めたり、パワハラの内容を話したりする必要があります。パワハラを思い出すだけでも大きなストレスがかかる等、法的な手続を抱えること自体がストレスになる可能性があります。そういう意味では、証拠収集はなるべく早く着手した方が良いと考えられますが、体調を考えると、まずは治療を優先することも考えられます。
適応障害からうつ病と診断され、治療が長引くと、治療期間が数年になることもあります。症状が悪化する可能性をなるべく低くして、回復を優先することも考えられます。ですので、通院されている場合は、主治医とも相談されるようお勧めいたします。
適応障害の労災申請や会社への損害賠償請求は、弁護士にご相談ください。
当事務所もご相談をお受けしています。
