うつ病や自死(自殺)等の精神疾患の労災申請では、精神疾患の医学的知見(理解)が重要です。
というのも、うつ病や自死(自殺)等の精神疾患の労災では、原則的な要件が3つあります。
そのうち1つ目は、うつ病や適応障害等の精神疾患といった病気になっていると認められることです。うつ病や適応障害等の診断を受けていれば、通常、病気になっていたことは認められます。精神科や心療内科等に通院されずに自死(自殺)された方の場合、うつ病や適応障害等の病気になっていたことの証拠を集めなければ、病気になっていたとは認められないとの理由で、労災が認められないこともあります1。
2つ目は、うつ病や適応障害等の精神疾患の病気になる前からおおむね6か月の間に仕事で強い心理的負荷(ストレス)があったことです。例えば、2025年10月に病気になったとすると、おおむね2025年5月から10月までの間の6か月の間に仕事で、長時間の残業、上司からのパワハラ、仕事での大きなミス等の強い心理的負荷(ストレス)があったかが問題になります。そのため、いつ病気になっていたのかが問題になることがあります。
上記の労災の原則的な条件からすると、過労自死(自殺)された方で、精神科や心療内科等の通院歴がない場合、うつ病等の病気になっていたのか、また、なっていたとして、いつ病気になっていたのかが問題になることがあります。
上述のように、うつ病や適応障害等の精神疾患の病気になっていなければ、精神疾患の労災とは認められません。また、病気になっていたとしても、ご本人が最も大変だった時期が病気になった後だとすると、精神疾患の労災の原則的な条件を前提にすると、大変だった時期が評価の対象になりません。
ご存命の方のうつ病や適応障害等の労災申請でも、いつ病気になったのかが問題となることがあります。先日紹介した裁判例では2、発病時期も問題となり、医師の意見書が提出されていました。意見書の内容は、「実際に同月下旬から同年11月にかけて月100時間程度の時間外労働を行っていることを考慮すると、同年9月段階では、多忙な業務による正常な反応の範囲内の疲労感等はあったものの、社会活動の継続に困難が生じていたとは認められず、また2週間の症状継続も認められず、同時期におけるうつ病エピソードの発症は認められない。なお、うつ病が発症したことにより業務能率が落ちて長時間労働が生じることは一般的にあり得ないとはいわないが、40~50時間程度の残業であればともかく、うつ病を発症している者が過労死ラインを超過する100時間前後の残業をするのは相当困難であり、不自然である。」等といった内容です。裁判所は、「軽症うつ病エピソードの症状が原告の業務効率に影響した可能性は否定できないとしても、原告が平成26年10月下旬から同年11月中旬までに100時間近い時間外労働を行っていたことをもって直ちに当該時点における軽症うつ病エピソードの発症を否定することは困難と解さざるを得ない。したがって、原告の上記主張は採用することができない。」と述べています。
うつ病や過労自死(自殺)の精神疾患の労災申請では、うつ病、適応障害、双極性障害、統合失調症等、様々な精神疾患が考えられます。それぞれの精神疾患の特徴を理解した上で、必要に応じて医師の意見も求めて、少しでも労災認定の可能性を高めることが重要です。
例えば、上記の裁判例では軽症うつ病エピソードの理解を踏まえた主張や、判断がされています。軽症うつ病エピソードより症状が悪化すればするほど、疲労がたまりやすくなったり、周囲から見ても病的と気付きやすくなります3。そもそも、うつ病なのか、健康な人が経験する憂うつな気分なのかの区別も必要です4。うつ病の症状の特徴を踏まえて、主張立証することが求められます。
被災者が最も大変だった時期よりも前にうつ病等の病気になっていたと主張されたり、病気の症状によって仕事が上手くいかずに残業が増えてしまった等の主張をされる可能性も想定して、うつ病・適応障害や自死(自殺)の精神疾患の労災申請では、仕事が大変だったという主張立証だけでなく、病気になった時期等についての証拠も十分に集めて、医学的知見を踏まえて、主張立証することが極めて重要です。
うつ病や自死(自殺)の精神疾患の労災申請は、弁護士にご相談ください。
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- 働き過ぎの家族が自死されたら、うつ病等の診断が無くても過労自死の労災の可能性があります ↩︎
- 「お前こんなこともできないのか」等との叱責等による心理的負荷(ストレス)がうつ病を発病させる程度であったとはいえない等として労災と認められなかった事例 ↩︎
- 神庭重信他編「「うつ」の構造」48頁、同116頁、笠原嘉「精神科における予診・初診・初期治療」72頁から74頁、神庭重信「うつ病の論理と臨床」156頁 ↩︎
- 鹿島晴雄他編「改訂第2版よくわかるうつ病のすべて‐早期発見から治療まで‐」3頁、松下正明編「臨床精神医学講座第4巻気分障害」199頁 ↩︎
