ノートの記載から実労働時間を認定するのが相当であるとされた例

1 残業代の請求における実労働時間の証拠

 労働者が会社に対して残業代を請求する場合、残業していたこと、すなわち実労働時間を証明する必要があります。

 実労働時間を証明するためには、そのための証拠が必要です。

 証拠としては、タイムカード、入退館記録、出退勤簿、メール、パソコンのログ等が考えられます。

 一般論としては、客観的な証拠の方が、証拠としての価値が高いです。

 証拠としての価値が低い場合、その証拠では実労働時間を証明できない可能性が高いので、証拠としての価値が高い客観的な証拠による残業時間の証明を検討するのが、無難です。

 ですが、労働者側の手元に証拠となるものが手書きのメモ等、ある種主観的な証拠しかない場合もあります。

 それでは、手書きのメモ等の証拠しかない場合、労働者は、残業代の請求を諦めなければならないのでしょうか。

 エイチピーデイコーポレーション事件は、労働者の手書きのノートの記載から、実労働時間を認定するのが相当であるとした裁判例です。

2 エイチピーデイコーポレーション事件(2022年4月21日那覇地方裁判所沖縄支部判決労働判例1306号69頁)

⑴ 当事者

 エイチピーデイコーポレーション事件(以下、本件といいます。)の当事者は以下のとおりです。

被告 ホテル等を経営する株式会社エイチピーデイコーポレーション

原告 ホテルの従業員

⑵ 本件の概要

 本件は、被告のホテルではタイムカード等による出退勤の管理がされておらず、出勤簿の記載も信用できないこと等から、労働者のノートの記載から、労働者である原告の実労働時間を認定するのが相当であるとされた事案です。

⑶ 裁判所の判断

 「本件ホテルにおいてはタイムカード等の機械的な方法による出退勤管理はされていなかったところ、被告は、本件当時に原告が記入、押印していたとする出勤簿(略)の記載をもって実労働時間を認定すべきである旨主張する。これに対し、原告は、自身が、日々、出勤簿に代えて出勤時刻や退勤時刻等を書き記していたとするノート(略)の記載に基いて実労働時間を算定し、本件請求に及んでいる。」

 (中略)

 「提出された複数の出勤簿を見比べると、原告名による印影はいずれも同一と認められる一方、手書き部分についてはいくつかの出勤簿において異なる筆跡が複数みられ(略)、原告以外の者によって記入されたものであることがうかがわれる。

 (中略)

 「このような事実関係は、出勤簿の記載が従業員の勤務実態を正確に反映したものといえるかについて疑問を抱かせるものであるというべきである。」

 「本件出勤簿の体裁、記載内容自体の不自然性や、その記載内容が他の原告の稼働状況を示す証拠と整合しないこと、証拠提出の経緯等に照らすと、原告本人は出勤簿に記入していなかった旨をいう原告主張の当否を措くとしても、本件出勤簿が原告の労働時間の実態を反映したものといえるかについては相当疑問があり、本件ホテルにおいて残業申請書や緊急残業申請書の作成等を通じて適正な労働時間管理がされていたとも認め難いというべきである。」

 (中略)

 「翻って、本件ノートについて検討するに、原告は、本件当時、出勤簿への記載には意味がないものと考え、これに記載することに代えて、日々のシフト表の出退勤時刻、実際の出退勤時刻、被告によって認められた残業時間や実際の出退勤時刻に基づく残業時間等を、当日又は書き損じた日はその後数日以内に記憶を辿って、自身が用意した本件ノートに手書きしていた旨主張する。」

 (中略)

 「証拠の性質上、類型的に信用性が乏しく、その記載内容を直ちに信用することはできない。

 「一方、本件ノートの記載内容は、本件当時の原告の稼働状況を客観的に裏付ける資料といえる、被告提出の「お勘定書」や「インプットジャーナル」等に記載された操作時間等(略)に一応は裏付けられているとみることができる。」

 (中略)

 「本件ノートはその成立に原告のみしかかかわっておらず、証拠の体裁等においても類型的に信用性が高いものとはいえないものの、その記載内容が他の客観証拠により一応は裏付けられていると評価できることや当時の勤務実態に照らし不自然ともいえないこと等からすると、実労働時間の認定資料として採用し得るものといえる。」

 「そして、(略)本件ホテルではタイムカード等による出退勤管理はされておらず、これに代わって用いられた出勤簿の記載も信用し難いこと等を併せると、本件においては、本件ノートの記載をもって、原告の実労働時間を認定するのが相当である。

3 できれば客観的な証拠はあった方が良い

 上記のように、本件では、結論としては、手書きのノートから実労働時間が認定されています。

 しかし、手書きのノートの証拠としての価値が原則としては高くない旨も述べられた上で、他の客観証拠や原告の勤務実態との整合性等から、証拠としての価値が認められています。被告の訴訟における対応も裁判所の判断の理由になっていると考えられます。

 仮に手書きのノートが他の客観証拠等と整合しなかったり、被告が本件のような対応をしていなかった場合は、本件の結論は異なっていた可能性が有ります。

 手書きのノートが証拠として全く評価されないわけではないですが、手書きのノートがある場合も、労働者側としては、まずは客観証拠を押さえることを検討するのがやはり良いと考えます。