福岡高裁令和8年4月24日判決は、過労自死の事案について、高裁で労災と判断された事例です。
一審判決を確認できませんでしたが、高裁判決では、以下の仕事による負荷を述べています
・発病前約2か月間(平成29年6月上旬から同年8月上旬頃)に、月80時間越え、一時は100時間越えに及ぶ不規則、不安定な時間外労働をした。
・平成29年8月、被災者は、理不尽な扱いを受け、パワーハラスメントを受けたといえる。心理的負荷の強度は、「中」であった。
・平成29年8月、被災者は、先輩社員から酒を掛けられた。不当な嫌がらせであったと言える。この点においても、心理的負荷の強度は、「中」であった。
以上のとおり、平成29年6月上旬から同年8月上旬頃の仕事による心理的負荷によって、過労自死と判断されました。
労災の認定基準では、仕事による負荷については、原則として発病前の出来事が対象になります。
相手方である国(労基署)からは、被災者が平成29年7月上旬頃にうつ病を発病したと主張され、それと同趣旨の医師の意見書が提出されていました。
発病時期が7月上旬頃だとすると、原則として、それ以降の仕事による心理的負荷が評価の対象になりません。
高裁判決では、以下のとおり述べられ、発病時期が平成29年8月上旬であると判断されました。
「前記認定事実のとおり、Aは、平成29年6月中旬頃から、複数の業務担当や連続した夜勤等が重なり、QC活動の時間も含めると残業時間が月80時間を超え、特に同月24日から7月24日までの間の残業時間は100時間を超えた。その頃、Aに、明らかにストレスを生じさせる出来事が生じていたということができる。そして、Aは、翌25日や8月8日にはGのそばで泣きながら死にたいなどと言ったこと、その後は頻繁に行っていたツイッターへの投稿をしなくなり、家族とも連絡を取らなくなったことによれば、上記出来事から1か月以内に情動面や行動面の症状が出現したといえる。この症状は、明らかにストレスを生じさせる出来事が生じ、その時点から1か月、遅くとも3か月以内に情動面や行動面の症状が出現したことという適応障害の診断基準に符合する。(甲1(90~94頁)、29、31、乙25)
そうすると、Aは、遅くとも同年8月上旬頃に適応障害を発病し、死亡時まで患っていたと認めるのが相当である。(甲1(87~106)、20、28、30、32)」
「これに対し、被控訴人は、Aが7月上旬頃に鬱病を発病した旨主張し、これと同趣旨の医師の意見書がある。(甲1(1174~1183頁)、乙18、25、37)
しかし、鬱病の診断基準は、生活や仕事が困難になるほどの抑鬱気分や興味、喜びの喪失等の抑鬱症状が約2週間以上ほぼ毎日続いたことである(甲20、29、31)。前記認定事実のとおり、Aは、8月8日にDから注意を受け、先輩社員に酒を掛けられるまでは、Gとの交際を負担に感じて一時的に連絡を取らなくなったり、死んでしまいたいと言ったりしたものの、ツイッターへの投稿は頻繁に行い、Gとの交際を絶つこともなかった。同日以降も8月23日まで、夜勤や出張を含む勤務を継続できており、また、同日から25日(死亡の前日)まではGの居住する静岡を訪れ、デート等をしていた(甲1(969~978頁))。
そうすると、7月上旬の時点はもとよりその後も死亡時まで、Aに生活や仕事が困難になるほどの抑鬱症状が出現していたとはいい難く、仮に出現していたとしても、その症状が約2週間以上ほぼ毎日続いたとは認められない。これに合致しない各意見書は採用できず、他に被控訴人の上記主張を認めるに足りる証拠はない。したがって、Aの症状が適応障害以外の精神疾患に該当するとはいえない。」
うつ病や過労自死の労災請求では発病時期が問題になります。うつ病の症状を窺わせる様子の変化があるけれども病院を受診する前に亡くなってしまったような場合や、受診していても様子の変化が受診以前からあったりする場合等には、発病時期が大きな争点になることがあります。
うつ病は、病的な憂うつです。ですが、憂うつは、誰しもが経験したことがあるもので(誰しもが経験し得るもので)、必ずしも病気とはいえません1。例えば日常生活や職場で落ち込むことがあったりすると憂うつになったりすることは誰しもが経験し得るものですから、うつ病を窺わせる症状があるときに、どの時点で病気になったといえるのかの判断は、必ずしも容易ではありません。
本件判決の事案でも、国の主張も、もっともらしい主張に読めます。しかし、国の主張を前提とすると、発病後に受けた職場での心理的負荷が十分に評価されません。
本件判決によれば、ご遺族側は、国の主張に対して、「鬱病の診断基準は、生活や仕事が困難になるほどの抑鬱気分や興味、喜びの喪失等の抑鬱症状が約2週間以上ほぼ毎日続いたことである」と反論しているものと思われます。労災の認定基準ではICD‐10という診断ガイドラインが参照されるのですが、診断ガイドラインのうつ病エピソードの診断基準には、「約2週間以上ほぼ毎日続いたこと」とは書かれていません。他方で、診断ガイドラインと同じく操作的診断基準であるDSM‐5‐TR™には、「ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分」、「ほとんど毎日の疲労感、または気力の減退」等と記されています。恐らく、ご遺族側は、診断ガイドライン以外の診断基準等の医学的な知見も根拠に、主張立証をされたのだと思われます。
本件判決のように、労災や公務災害では、労基署等が、医師の意見を基に、被災者に不利な発病時期の主張をすることがあります。被災者が受けた仕事による負荷を適切に評価してもらうためにも、医学論争に勝たなければならないときがあります。
なお、本件判決では、QC活動という、自己啓発、相互啓発による社員の能力向上を主目的とする活動についても、時間外労働に含まれると判断されています。このような活動等が労働時間に当たるのかという法的な論点があり、本件判決は、この点でも、興味深い判決です。
- 鹿島晴雄他編著『改訂第2版よくわかるうつ病のすべて』3頁(株式会社永井書店、平成21年) ↩︎
