仙台高裁平成22年10月28日判決(判例タイムズ1341号85頁)は、自衛官がくも膜下出血等を発症したことによる死亡が公務災害と判断された事例です。
自衛官がくも膜下出血ないし脳内出血を発症し死亡したことについて、公務災害であるか否かが争点となっていました。一審の仙台地裁判決は、公務災害ではないとして、ご遺族の請求を認めていませんでした。
それに対して、仙台高裁判決は、以下の内容等を述べて、公務災害に当たると判断しました。
「人事院が定める平成13年12月12日付け「心・血管疾患及び脳血管疾患等業務関連疾患の公務上災害の認定指針」(本件指針、乙8)は、行政内部の通達ではあるものの、被控訴人所論のとおり、前記記載の公務起因性の法的判断枠組みを前提としつつ、脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書(甲13、乙7)が、最新の医学的知見に基づいて具体化した評価要因を踏まえて、脳・心臓疾患の発症が公務上生じたものと認定されるための具体的な基準を定めたものであるから、本件発症と公務との相当因果関係の有無についての判断に際しても、十分に参考とするに値するものである。」
(中略)
「交替制勤務に従事する自衛官であっても、公務災害認定上の勤務時間は、1週間当たり40時間を基本として正規の勤務時間及び超過勤務時間を算定すべきであるから、控訴人所論のとおり、公務災害認定上の正規の勤務時間は、177時間(40×4+40×3/7=177.142)と認められ、これを超える勤務時間は、公務災害認定上の超過勤務時間と認められる。」
(中略)
「そうすると、亡Aの本件発症前1か月間における超過勤務時間は、総勤務時間300.5時間から正規の勤務時間177時間を差し引いた123.5時間と認められる。」
(中略)
「以上の検討によれば、亡Aの本件発症前1か月間における超過勤務時間は、合計123.5時間となる。これは、本件指針の前記具体的基準の(ア)のうち、「業務上の必要により、発症前1か月間に正規の勤務時間を超えて、100時間程度の超過勤務を行った場合」に当たる。そこで、上記(ア)の残りの要件である「その勤務密度が通常の業務と比較して同等以上であるとき」にも該当するか否かについて、以下に検討する。」
「まず、亡Aの担当業務のうち、日・夜勤について検討する。亡Aは、本件発症前1か月間のうち、平成13年8月21日、同月24日、同月27日、同年9月12日、同月15日、同月20日に、それぞれ翌日にかけての日・夜勤に従事している。日・夜勤業務は、連続して24時間の業務に従事するものであるから(乙21)、その拘束時間だけからしても、相応の肉体的負担がかかるものといえる。さらに、前記のとおり、交替制勤務や深夜勤務に従事する場合、日常業務としてスケジュールどおり実施されている場合に比べ、シフトが変更されたり、不規則なスケジュールにより従事する場合には、生体リズムと生活リズムとの位相のずれが生じ、その修正の困難さから疲労が取れにくいとの医学的知見があること(乙7)に照らせば、亡Aが不規則に日・夜勤に従事していたことが原因で、疲労が蓄積されていったことが推認される。」
(中略)
「そして、亡Aの夜勤業務以外に従事していた日常の業務は、先任業務であって、前記認定のとおり多岐にわたる業務内容である上、他の隊員に支障が生じて勤務が行えない場合の代替・補充をも行わなければならないものであるから、変則的・遊撃的に業務を担当しなければならないもので(甲2)、質的な過重性においても相応の負荷がかかるものであったことが認められる。とりわけ、本件発症当時、亡Aが所属していたB派遣隊では、定年退官者の補充がなく既に1名の欠員があった上、定年退官を間近に控え、健康診断等のため勤務から一時離れた者もいたこと、同隊には、筋ジストロフィーの症状を有する隊員、高血圧症のため通院が必要な隊員などを含むことが認められる。他方、訴外F(乙31)のように亡Aと同じ1等陸曹として相応の経験を有し、また、B派遣隊への着任が亡Aよりも早いことから(乙27)、隊長や先任陸曹を補佐し、他の隊員の応援・補助に当たるべき立場の者が、これを積極的に行ったことを認めるに足りる証拠がない(中略)。以上のことから、結局のところ、先任陸曹である亡Aに業務の不十分な点のしわ寄せがまわって来る状況にあったことが推認される。前記認定のとおり、亡Aが、割り振られた日課終了後、前記(2)アの(エ)及び(オ)の合計69時間(被控訴人の計算によれば、70.5時間)にわたって文書整理、除草作業、残務整理等のため、事務室等に残って勤務した事実も、この状況を裏付けているといえる。亡Aの場合には、前記にいう、仕事の要求度が高く、裁量性が低く、周囲からの支援が少ない場合に該当したものと認められるところ、前記のとおり、このような場合は精神的緊張を生じやすく、脳・心臓疾患の危険性が高くなると解される。」
(中略)
「加えて、亡Aは、本件発症前の9月10日から本件発症当日の同月21日までの12日間に休日がなかったものである。また、この間の日・夜勤業務は、3回に及んでいる。このため、蓄積された疲労を回復する時間が確保できなかったものと認められる。」
「以上の亡Aの勤務状況に照らして考えるならば、本件指針の具体的基準(ア)にいう「その勤務密度が通常の業務と比較して同等以上であるとき」にも該当するものと認められる。」
「加えて、本件発症が深夜勤務の最中であったところ、その直前の公務の状況も、本件発症の直接の引き金になった可能性がある。すなわち、前記認定事実によれば、亡Aは、本件発症当夜、テロ関連情報に対応する勤務態勢及び警備態勢についての秘密扱いの電報が反町弾薬支処に届いていないことを発端として、反町弾薬支処の訴外K及び発信元である仙台駐屯地通信所の訴外Jと電話でやりとりをしている。そして、本件発症当時、9.11事件という歴史上例をみない大規模同時多発テロ事件が発生したことにより、B派遣隊においても、ガスマスクの携行が指示され、土曜日及び日曜日の午前8時30分から午後5時までの勤務員が従前の1名から2名に増員されるなど警備が強化され、ことに本件発症当時は、上記大規模同時多発テロ事件発生後10日を経たにすぎず、同犯行の詳細な態様、被害状況・死傷者数、犯行動機、犯行の背後関係等が未だ判明していない段階であって、テロ事件の続発も危惧されていた緊迫した状況下にあり、自衛隊においても、これに関する即応性のある対応が迫られていた状況であったことが容易に推認されるのであり、このような事情に照らせば、テロに関する電報が届いているか否か及びテロ情報に関する伝達通信手段がスムーズに機能しているかどうかは、自衛隊員とりわけ通信業務に携わる者にとって重大な関心事であると考えられ、前記認定のとおり、これが通信所の維持・運営等の練演を含む大(中)隊訓練を終了した当夜のことであっただけに、亡Aも、心理的な動揺ないしは精神的緊張を強いられたことが推認される。訴外Jとの電話でのやりとりにおいて、亡Aの声が普段よりも終始高かったことも、この事情を裏付けるものといえる。以上の事情に加え、上記電話でのやりとりの後に、ほどなく本件発症に至ったという時間的経過をも考慮すれば、本件は、上記(カ)の「特別な事態の発生により、日常は行わない強度の精神的又は肉体的な負荷を伴う業務の遂行を余儀なくされた場合」に該当するとも考えられるし、仮に、これに該当しないとしても、本件発症に至るまでの公務の過重性を十分に補強する事情であると認められる。」
「以上よりすれば、亡Aに対する過重負荷の程度は、平均的労働者を基準として、脳・心疾患発症の基礎となる血管病変等をその自然的経過を超えて著しく増悪させる程度のものであった(被控訴人の主張する危険性の要件)と認めることができる。」
なお、国家公務員の過労死(脳・心臓疾患)の本記事投稿時の基準については、心・血管疾患及び脳血管疾患の公務上災害の認定についてをご覧ください。
また、令和7年度の公務災害の補償状況については、令和7年度過労死等の公務災害補償状況についてが参考になります。
