令和6年10月2日福岡高等裁判所判決は、短時間の暴言・暴力等によって自衛隊陸曹候補生課程の学生が自死したと認定された事例です。高裁判決は、地裁判決が否定した自死との相当因果関係があると認めて、被告国に対して自死までの賠償責任を認めました。
地裁判決(令和4年1月19日熊本地方裁判所判決)は、安全配慮義務違反を認めましたが、自死との相当因果関係があるとはいえないとして、約220万円の国家賠償を認めていました。
地裁判決は、次の4点について、安全配慮義務違反を認めました。
① 「被告Aが同日(注:平成27年10月6日)午後6時45分頃、被告Bが本件学生に胸倉を掴む暴行を加えた際、8mほど離れていた場所からその状況を見ていたにもかかわらず(中略)、被告Bの暴行を制止せず、そのことを咎めもしなかったこと(中略)は、被告Bが被告Aの指揮する第1区隊とは別の第3区隊の班長であったことを踏まえても(中略)、被告Bを適切に指導監督すべき立場にある者として部下への暴力を許さないことは当然であり、安全配慮義務違反に該当するというべきである。」
② 「被告Aが平成27年10月6日午後7時30分頃、伝令業務ができていない者として本件学生に全学生の前で手を挙げさせ、全学生に午後8時10分まで躾教育で教育された事項を話し合うよう指示したこと(中略)及び話し合いの後再度集合した学生に対し消灯の時間を早めると伝えたこと(中略)は、本件学生に自らの失態のために全学生が連帯責任を負わされたという屈辱感を与える不適切なものであったし、被告Aは同日午後6時45分頃に本件学生に半長靴は磨かなくて良いと言っていた(中略)ことからすれば、本件学生は伝令業務を行わなくて良い状況にあったといえるにもかかわらず、全学生の前で挙手させることにより本件学生に自己否定感や羞恥心を抱かせ、更に他の学生の消灯時間を早めることにより本件学生を心理的に追い詰めたものであり、安全配慮義務違反に該当するというべきである。」
③ 「被告Aが同日午後8時30分から午後9時30分の間に、当直室に伝令業務の要望事項を聞きに来た本件学生に対し、お前のような奴は殺してやりたいくらいというような発言をしたこと(中略)は、それまでの過程に照らしても、教官の学生に対する指導として何ら必要性がなく、社会通念上許されない暴言を述べたものにほかならず、安全配慮義務違反に該当するというべきである。」
④ 「被告Bが平成27年10月6日午後6時45分頃、本件学生の胸倉を両手で掴んで揺すった行為(中略)は、自己の感情を抑えきれずに爆発させて行った明らかな有形力の行使(単なる暴力行為)であり、安全配慮義務違反に該当するというべきである。
また、その前後に、被告Bが、その上官である被告Aが本件学生に自分の半長靴は自分で磨くので伝令業務はしなくて良い旨の指示をしているにもかかわらず、本件学生に伝令業務を行うように強要した言動(中略)も、上記暴力行為と併せて十分な説明もなく自己の見解を押し付ける不合理な指導であり、被告Aに何度も伝令業務のやり直しを命じられていた本件学生を更に混乱させ、心理的に追い詰められる原因の一つとなったものであり、安全配慮義務違反に該当するというべきである。」
地裁判決は、安全配慮義務違反と自死等との事実的因果関係を認めましたが、「被告A及び被告Bから安全配慮義務に違反する指導を受けたのは同月6日午後6時45分頃から午後9時30分頃までの短時間にとどまり」、「自らの指導により本件学生が自殺を企図するまで追いつめられることを予期して殊更に狙い撃ち的な指導を行っていたとは考え難い」、「被告A及び被告Bの安全配慮義務に違反する指導が1日の(しかも短時間)のうちに行われたものであって継続的なものでなく、その強度も繰り返し暴行や脅迫を受けたようなものとは異なる」等と述べ、相当因果関係を否定しました。
しかし、高裁判決は、次のとおり述べ、自死との相当因果関係まで認め、約6700万円の国家賠償を認めました。
「心理的負荷による精神障害の労災認定基準や精神疾患等の公務上災害の認定基準は、特定の精神疾患(ICD-10のF0からF4に分類されるもの)を発症後に症状が継続していた場合、当該精神疾患の病態として自死念慮が出現する蓋然性が高いと医学経験則上認められることを前提に、公務により当該精神疾患(ICD-10のF2からF4に分類される精神障害を想定)を発症し、その後症状が継続していた場合には、特段の事情が認められない限り、公務による精神疾患が正常な認識、行為選択能力を著しく阻害するなどして自死に至ったものとして、公務と自死との相当因果関係を推認する旨定めているところ、適応障害もその精神疾患に含まれるとしており(甲30、44の1、84)、ICD-10と並んで世界的に精神疾患の診断基準として用いられているDSM-Vでは、適応障害が自死既遂の危険の増加と関連する旨や適応障害が自死行動の見られる精神疾患である旨が記載されている(甲35、73、95)。
さらに、複数の医師が、適応障害によっても自死が起こる危険性は高いとの意見を述べ(甲73、76、95)、同医師らは、いずれも本件学生の受けた心理的負荷が強度であり、公務外の心理的負荷は見当たらず、本件学生に素因と評価できるようなぜい弱性も存在しないと意見を述べていること(甲73、76、95)を踏まえると、本件学生が、被控訴人Y1及び同Y2の違法な指導によって適応障害あるいは重症うつ病エピソードを発病し、それらの精神疾患が原因となって自死に至ったことは、想定される範囲内の予見可能な経過と評価できるから、被控訴人Y1及び同Y2の違法な指導と本件学生の自死という結果の間には相当因果関係があると認められる。」
本件では、地裁判決の判断のとおり、1日の、しかも短時間の暴言による精神疾患の発病やそれによる自死の賠償責任が問題となっていました。
地裁判決では被告国が自死の責任までは負わないと判断したのに対して、高裁判決では自死の責任まで負うと判断しました。
高裁判決では主として精神疾患(適応障害)と自死の危険性について述べられています。その上で、1日の、しかも短時間の暴言という労働者側・ご遺族側からすると厳しいと思われる状況において、自死との相当因果関係が認められています。医師の医学的意見書の証拠としての有用性も、分かります。
なお、本件の事案では、適応障害の発病や自死について公務災害と認定されていました。実質的に国が公務災害と認定しながら、訴訟では自死の責任を争っていました(こういったことは、あります。)。
厳密に考えると公務災害と国家賠償請求における相当因果関係が法的には異なります。とはいえ、公務災害が認定されるということは、仕事と精神疾患の発病や自死との法的な因果関係が認められるということです。
それでも、地裁判決のように、損害賠償責任までは否定されることもあります。使用者側の責任を追及したい場合、一つ一つ準備をして、慎重に進める必要があります。
