はじめに
仕事が原因でPTSDや複雑性PTSDと診断された場合や、自死(自殺)された場合、被災者やそのご遺族は、労災申請と会社に対する損害賠償請求等をできる可能性があります。
PTSDとは?
PTSD(心的外傷後ストレス症)は、自分自身又は他人の生命や身体に脅威を及ぼすような、著しい精神的ショックを与える心的外傷(トラウマ)体験となる出来事に曝露することで生じる、代表的な心的外傷やストレス因関連症です。具体的なトラウマ体験としては、自然災害や事故、火災、強姦や激しい暴力等が挙げられます。特徴的な症状としては、トラウマとなった出来事のフラッシュバック等があります1。
複雑性PTSDとは?
複雑性PTSDは、身体的・性的虐待、ネグレクト、家庭内暴力等の逃れることが困難又は不可能な状況で長期間あるいは繰り返された心的外傷的出来事に曝露された後に生じると考えられています2。職場でのパワハラ、いじめ等によっても生じます3。症状としては、PTSDの症状に加えて、自傷、無価値観、孤立感、罪責感、解離症状等があります4。
PTSDが生命や身体に脅威を及ぼすような出来事によって生じるのに対して、複雑性PTSDはそうではない出来事によっても生じ得ます。
PTSDの労災申請
うつ病等の精神障害の労災の認定基準では、対象となる病気が決まっています。PTSDは、精神障害の労災の対象になります。
精神障害の労災の認定基準では、原則として、対象になる病気になっていることの他に、病気になる前のおおむね6か月の間に仕事による強い心理的負荷(ストレス)があると認められること等の条件を満たす必要があります。例えばPTSDを発病した前の6か月の間に仕事に関連して自分の生命等に脅威を及ぼすような事故に遭った等、精神障害の労災の認定基準を満たせば、PTSDも労災として認定されます。
労災認定を受ければ休業補償や治療費の補償を受給できます。PTSDの診断を受けていた大切な家族が自死された場合には、ご遺族は、遺族補償給付等を受給できます。
会社への損害賠償請求
職場が原因でPTSDになったり、その影響として自死された場合、被災者やそのご遺族は、会社に対して損害賠償請求できる可能性があります。
会社に責任がある場合、労災の休業補償や遺族補償等は、仕事によって生じた損害の一部にとどまります。会社への損害賠償請求では、休業損害や逸失利益(将来の収入の減少分)、慰謝料(入通院慰謝料、後遺症慰謝料、死亡慰謝料)等を請求できます。
さいごに
PTSDの労災申請や会社への損害賠償請求では、医学論争に至る可能性もあります。
というのも、私が携わらせていただいた方もそうでしたが、PTSDの場合、治療期間が数年からそれ以上と長期に及ぶこともあります。労災の休業補償給付の申請でも、会社への責任追及でも、治ゆ(症状固定)の時期が争点となることがあります5。治ゆ(症状固定)の時期から数年経過しており、既に時効になっていると主張される可能性もあります。
また、PTSDも、複雑性PTSDも、実際に起きた出来事(心理的負荷・ストレス)によって生じるかが争点となることがあります。例えば、被災者が実際にPTSDと診断されているのに、被災者が経験した出来事ではPTSDを発症することがない旨の主張がされることがあります。
PTSDの労災申請や会社への損害賠償請求では、専門的な知見が必要になることがあります。
ただ、労災申請や会社への損害賠償請求では、手続を進めるにあたって、実際に起きた出来事を思い出していただく等の作業が必要になります。法的手続を進めること自体心理的負荷(ストレス)になる可能性があります。主治医と相談しながら、手続を進める必要があると思います。
PTSDの労災申請や会社への損害賠償請求は、弁護士にご相談ください。
当事務所もご相談をお受けしています。
- 尾崎紀夫他監修「標準精神医学第9版」373頁から374頁 ↩︎
- 尾崎紀夫他監修「標準精神医学第9版」378頁 ↩︎
- パワーハラスメントが被害者にもたらす被害・症状について ↩︎
- 尾崎紀夫他監修「標準精神医学第9版」378頁 ↩︎
- 精神障害の労災における治ゆ(症状固定)の成否が問題となった裁判例、精神障害の労災における治ゆ(症状固定)、寛解に関する労働保険審査会の裁決について ↩︎
