非管理職への降格に伴う賃金減額の有効性が認められなかった事例

1 はじめに

 降格に伴う賃金減額による労働問題もあります。

 会社は、どのような場合に、業務命令としての降格に伴う賃金の減額をすることができるのでしょうか。

⑴ 役職・職位の降格の場合

 役職・職位の降格の場合、降格に伴って賃金が減額されることが労働契約上で予定されているのであれば、就業規則に定められた賃金体系や基準に従っている限り、賃金の減額が認められます。他方で、労働契約上で予定されていない場合には、賃金の減額は認められません1

⑵ 職能資格制度上の資格・等級の引下げの場合

 一般的な職能資格制度では、資格・等級は、労働者が組織内で経験を積み重ね、技能を修得することによって蓄積し、保有するに至った職務遂行能力のレベルを表象するものです。

 資格・等級が引き下げられることが本来想定されていないことから、資格・等級の引下げという降格を行うには、労働契約の内容を労働者との合意により変更する場合以外は、就業規則等における労働契約上の明確な根拠がなければならないとされています。明確な根拠がある場合でも、著しく不合理な評価によって大きな不利益を与える降格は、人事権の濫用となる可能性があります2

⑶ 職務・役割等級制度上の給与等級・グレードの引下げの場合

 職務・役割等級制度は、職務・役割に応じて賃金を定めるものです。裁判例では、会社の行った等級の引下げや賃金減額の両方について労働契約や就業規則等の根拠が認められるかという判断し、いずれかを欠く賃金減額が無効であるとする判断が行われることが多いです3。また、等級の引下げや賃金減額の根拠規定がある場合でも、権限の濫用がある場合には無効と判断されます4

 降格に伴う賃金の減額が実施された場合、労働者としては、会社の就業規則や賃金規程等を確認して、どのような制度において、どのような根拠に基づいて降格やそれに伴う賃金の減額を行われているのかを確認するのが良いです。

 2023年6月9日東京地方裁判所判決労働判例1306号42頁・日本HP事件は、管理職から非管理職への降格に伴う賃金の減額の有効性が問題となった事例です。

2 2023年6月9日東京地方裁判所判決労働判例1306号42頁・日本HP事件

⑴ 事案の概要

 被告は、株式会社日本HPです。

 原告は、日本HPの従業員です。

 本件は、原告が、日本HPによる管理職から被管理職への降格に伴う賃金の減額が無効であると主張して、労働契約に基づき減額分の賃金等の支払を求めた事案です。

 原告の請求が認められています。控訴され、控訴審における和解で解決しているようです。

⑵ 原告の主張

 原告は、降格に伴う賃金減額の根拠について以下のとおり主張していたようです。

 「労働契約を労働者に不利益に変更するには、労働者の同意がなければならず(労働契約法8条)、この同意がない場合は、労働契約上の根拠に基づくか、就業規則による変更しかない(同法9条、10条)。そして、労働契約や就業規則で降給する旨を定めるとすれば、少なくとも降給基準、降給後の金額、降給額の限界等の定めが必要であり、単に降給があることを記載したとしても、それを根拠に労働者の賃金を一方的に減額することはできない。

 しかるに、本件降給規程には、降給がどのような場合に実施されるのか全く記載がなく、職場ごとの給与レンジ自体が明らかではなく、具体的にどの職務・職務レベルにおいて、どの程度の降給があるのか全く分からないものとなっている。したがって、本件降給規程は、労働者の賃金を一方的に減額する法的根拠にはなり得ない。」

 (中略)

 「被告は、本件資料1ないし3を所轄の労働基準監督署に届け出ておらず、これら就業規則ではないことは明らかであるから、本件資料1ないし3の内容が労働契約法7条の適用を受けることはない。被告は、これらが実質的な就業規則である等とも主張するが、就業規則の内容が契約内容になることは契約法上の合意原則からの例外であり、被告の主張するように安易に拡大することは許されない。したがって、本件資料1ないし3も、労働者の賃金を一方的に減額する法的根拠にはなり得ない。

 よって、本件降格による賃金減額の根拠は存在しない。」

⑶ 裁判所の判断

 「本件降格は、原告の職務レベルを管理職から非管理職に降格し、これに伴って賃金を減額するものであるところ、会社が労働条件である賃金を、労働者に不利益に変更するには、会社と労働者との合意又は就業規則等の明確な根拠に基づいてなされることが必要と解するのが相当である。」

 「本件降給規程2条は、「職務または職務レベルの変更により、給与レンジが下方に位置する新職務に異動した場合は、降給を実施することがある。その場合、新給与は、新職務に対応する給与レンジ内で決定する。」と定めており、職務等の変更に伴い降給があり得る旨が記載されているが、同条が示す、職務又は職務レベルの具体的内容や、給与レンジの額、職務の異動の基準は、社員給与規程及び本件降給規程のいずれにも定められていない。

 一方、本件資料1は、職務ごとの月例基本給と固定賞与の割合、一般社員の固定賞与の計算方法について定めるとともに、降格を含む職務変更の内容ごとに月例基本給の変換式を列挙しており、その中には管理職から一般職員に変更となる場合の変換式も(中略)明記されている。また、本件資料2は、管理職と非管理職との間の職務変更があった場合に、みなし手当及び固定賞与の支給の有無が変更することに伴い給与の変更がされる旨定めるとともに、本件資料1の変更式を参照資料として引用している。

 しかしながら、社員給与規程及び本件降給規程には本件資料1ないし2への委任規定はなく、本件資料1及び2の内容も、管理職と一般社員の間、営業職と非営業職の間で職務が変更された場合の給与の変更について定めるものであって、本件降給規程2条が示す、職務又は職務レベルの具体的内容、給与レンジの額や職務の異動の基準を定めたものではなく、変換式も変換前の基本給に応じた単一の解を示すものであって、給与レンジ内で新給与を決定するとの本件降給規程の定めとは必ずしも整合しない。また、本件資料3は、「給与体系」の頁以外の内容は明らかではなく、被告は同資料は人事制度を従業員向けに分かりやすく整理した資料とするものである。そして、本件資料1ないし3が被告の就業規則として所轄の労働基準監督署に届け出られたとのも認められない。

 以上によれば、本件資料1ないし3は、いずれも就業規則の一部又は本件降給規程の細則であると認めることはできない。

 (中略)

 「従業員に与える影響が大きいものであることからすれば、本件資料1ないし3の内容を被告が従業員に周知し、これらについて従業員や労働組合から指摘を受けたことがなかったとしても、そのことをもって、本件資料1ないし3の内容を労働契約の内容とする旨の合意が、原告を含む従業員と被告との間に成立したと認めることはできない。

 本件判決は上記等を述べた上で、以下の結論を述べています。

 「以上によれば、本件降格が、原告と被告との合意又は就業規則等の明確な根拠に基づいてされたものと認めることはできないから、本件降格の合理的理由の有無について検討するまでもなく、本件降格による原告の賃金減額が有効であると認められない。」

  1. 佐々木宗啓他編.類型別労働関係訴訟の実務改訂版Ⅰ.株式会社青林書院,2021.5,p.87 ↩︎
  2. 佐々木宗啓他編.類型別労働関係訴訟の実務改訂版Ⅰ.株式会社青林書院,2021.5,p.88‐89 ↩︎
  3. 佐々木宗啓他編.類型別労働関係訴訟の実務改訂版Ⅰ.株式会社青林書院,2021.5,p.89 ↩︎
  4. 佐々木宗啓他編.類型別労働関係訴訟の実務改訂版Ⅰ.株式会社青林書院,2021.5,p.90‐91 ↩︎