機械の回転歯での指の切断によって精神障害を発病したと判断された労働災害(労災)の事例

1 業務による重度の病気やケガと精神障害の労働災害

 精神障害の労働災害(労災)の認定基準によれば、労働災害(労災)として認めてもらうためには、原則として、次の3つの要件、すなわち、①うつ病や適応障害等の対象となる精神障害を発病していること(「精神障害の労災の対象となる精神障害について」参照)、②発病前おおむね6か月の間に、長時間の残業、パワハラ、セクハラ等の業務による強い心理的負荷が認められること、③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により精神障害を発病したとは認められないことを満たす必要があります。

 認定基準では、②業務による強い心理的負荷の具体的な出来事の一つとして、「業務により重度の病気やケガをした」ことが挙げられています。そして、心理的負荷の強度を「強」と判断する具体例として、以下の具体例が挙げられています。

 ・長期間の入院を要する業務上の病気やケガをした。

 ・大きな後遺障害を残すような(中略)業務上の病気やケガをした。

 ・業務上の病気やケガで療養中の者について、当該傷病により社会復帰が困難な状況にあった、死の恐怖や強い苦痛が生じた。

 したがって、会社員が仕事で大きな病気になったり、怪我をした場合、うつ病や適応障害等の精神障害を発病したときは、労災認定を受けられる可能性があります。

2 国・京都下労基署長(ケー・エム・フレッシュ)事件(2014年7月3日京都地方裁判所判決労働判例1103号70頁)

⑴ 事案の概要

 本件は、ゴボウの袋詰めの機械の操作中に左の示指を回転歯に挟まれ切断された労働者が、その事故に起因して適応障害を発病したとして、業務起因性が認められ、裁判所が労基署の不支給決定を取り消した事案です。

⑵ 裁判所の判断

 原告はPTSDの発病を主張していたところ、裁判所は適応障害を発病したと判断した上で、業務起因性について次のとおり判断しました。

 「本件で検討の対象とすべき期間は、平成20年7月下旬頃から平成21年1月下旬頃までの間であるところ、この期間に原告に発生した外傷的出来事は、本件事故(注:本件機械の操作に伴う業務に従事していたところ、平成21年1月12日、本件機械の操作中に、本件機械の切断歯に指を挟まれ、左示指を切断した。)以外には見当たらない。」

 「本件事故は、その態様及び治療経過に照らせば、認定基準別表1の「具体的出来事」のうち「(重度の)病気やケガをした」に該当するというべきであり、その「心理的負荷の強度」は「Ⅲ」である。

 ※上記の認定基準は、現行の認定基準への改正前の認定基準です。

 (中略)

 「認定基準別表1に記載された、「病気やケガの程度」及び「後遺障害の程度、社会復帰の困難性等」といった「心理的負荷の総合評価の視点」についてみる。

 本件事故の状況は、(中略)自らの指が機械の回転歯によって切断されるという体験は、激しい痛みを伴う衝撃的なものであることは容易に推察されるところであり、一生のうちに何度も体験する出来事ではないと解される。また、(中略)原告の左示指については、切断指再接着術によっても生着しせず、断端形成術によってその長さを約3cm短くしなければならなかったというのであり、その後遺症の程度は軽くはない。さらに、(中略)原告は、本件事故後、約3年半にわたって、精神障害の治療のために医療機関を受診する間、断続的にフラッシュバックや不安感、恐怖感、浅眠等に苦しめられており、フラッシュバックや恐怖感については、現在でも止んでいない。加えて、原告は、本件事故により、本件工場での仕事がおよそ不可能になったとは解されないものの、本件事故は、原告の就労や日常生活に一定の支障を来すものであると考えられる。」

 「他方、原告と同種の労働者とは、機械を用いた青果の袋詰めを行うような工場で働く女性(60歳程度)であり、労働者のグループリーダーではあったものの、パートタイマー従業員として働いている者である。そのような者は、正社員ほど責任ある仕事を任されることは少なく、したがって、自己の業務及びその危険性に対する心構えの程度も相対的に低いと解される。」

 「以上にみた本件事故の状況、本件左示指切断の程度、本件事故後の治療経過及び原告の症状経過、社会復帰の困難性並びに原告と同種の労働者の特質に鑑みれば、本件事故に係る心理的負荷の強度はこれを「強」と評価すべきであって、本件事故は、それ自体、原告と同種の労働者に対して、「主観的な苦悩と情緒障害の状態であり、通常社会的な機能と行為を妨げ、重大な生活の変化に対して、あるいはストレス性の多い生活上の出来事(中略)の結果に対して順応が生ずる時期に発生する」適応障害を発症させるに足りる程度の心理的負荷をもたらすものであったというべきである。」

 (中略)

 「本件事故と原告の適応障害発症との間の相当因果関係(原告の適応障害発症の業務起因性)を認めるのが相当である。」

3 さいごに

 本件のような事故後の精神疾患の発症でさえも、労働基準監督署長が精神障害の労災認定をせずに、訴訟(裁判)で労働基準監督署長の不支給決定の処分の効力が争われています。

 働いている方が仕事中に大きな怪我等をして、その怪我等によってうつ病や適応障害等の精神疾患を発病した場合、労災認定を受けられる可能性があります。しかし、労働基準監督署長の判断の段階で労災認定を受けるには、やはり、労災申請前に、十分に準備をする必要があるように思われます(「精神障害の労災の労災請求の手続の流れ」もご覧ください。)。

 精神障害の労働災害(労災)については、ご自身では難しい場合は、弁護士へご相談ください。

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