1 労働災害(労災)における給付基礎日額とは?
⑴ 給付基礎日額とは?
給付基礎日額とは、労災保険の現金給付額を算定する基礎となるものです。休業補償給付、遺族補償給付等の労災保険の給付の支給額を決める基準として用いられています1。
給付基礎日額は、原則として、被災した労働者が労働災害(労災)発生前に得ていた労働基準法12条所定の平均賃金に相当する額とされています2。
平均賃金に相当する額とは、業務上の負傷若しくは死亡の原因である事故が発生した日又は医師の診断によって疾病の発生が確定した日以前の3箇月間に労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいいます3。
例えば、以下の場合、給付基礎日額は、1万円です4。
7月1日に労働災害(労災)が発生。賃金の締切日は20日。
4月分(31日)の賃金 28万円
5月分(30日)の賃金 33万円
6月分(31日)の賃金 31万円
4月分~6月分の賃金の合計額 92万円
4月分~6月分の総日数 92日
92万円÷92日=1万円
⑵ 残業代の取扱いは?
給付基礎日額における平均賃金に相当する額について、労働者に対して支払われた賃金には、実際に支払われた賃金のみならず、未払いの残業代も含まれます(残業代については、「残業代請求等における割増賃金について」もご覧ください。)5。
未払いの残業代が実際に含まれているか否かで、給付基礎日額の金額が大きく変わり、休業補償給付や遺族補償給付等の給付の総額が大きく変わる可能性があります。
なお、残業代請求の労働問題においても固定残業代の有効性が問題となることがありますが(「固定残業代と残業代請求」もご覧ください。)、給付基礎日額の算定にあたっても、固定残業代の有効性が問題となり得ます。
2 国・渋谷労基署長(カスタマーズディライト)事件(2023年1月26日東京地方裁判所判決労働判例1307号5頁)
⑴ 事案の概要
本件は、労働基準監督署長から休業補償給付を支給する旨の決定を受けた労働者が、同決定には、職務手当が割増賃金に当たるとした点において給付基礎日額の算定を誤った違法があると主張して、同決定の取り消しを求めたところ、同決定が取り消された事案です。
⑵ 裁判所の判断
「本件処分庁は、(中略)原告の平均賃金を1万1716円92銭(中略)と算定し、平成29年12月14日付けで、原告に対し、給付基礎日額を1万1717円として、平成28年9月5日から同年10月31日までの間の休業補償給付50万6142円を支給する旨の処分(中略)をした。」
(中略)
本件判決は、複数の最高裁判例を参照し、固定残業代の有効性に関する判断組みについて、次のとおり判断しました。
「労基法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行うとする趣旨によるものであると解される。」
(中略)
「また、割増賃金の算定方法は、労基法37条並びに政令及び厚生労働省令(中略)に具体的に定められているが、労基法37条は、労基法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、使用者が、労働契約に基づき、労基法37条等に定められた方法以外の方法により算定される手当を時間外労働等に対する対価として支払うこと自体が直ちに同条に反するものではない。」
(中略)
「他方で、使用者が労働者に対して労基法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労基法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である。」
その上で、本件判決は、次のとおり、本件において固定残業代の有効性を否定し、給付基礎日額の算定が誤っていると判断しました。
「1か月当たり150時間前後という、80時間を大きく超える法定時間外労働は、上記の法令及び労使協定の趣旨に反することは明らかであって、本件労働契約において、このような恒常的な長時間労働を想定して職務手当を支払う旨の合意が成立したと認めることは、労働契約の当事者の通常の意思に反するものというべきである。」
「以上のとおり、本件労働契約に係る契約書や本件会社の就業規則の記載(中略)を踏まえても、原告の本件会社における地位及び職責に照らし、通常の労働時間に対応する賃金が基本給の限りであったと認めるには無理があること(中略)、業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が強いと評価される80時間を大幅に超える1か月当たり150時間前後の法定時間外労働を前提とする職務手当を支給することは当事者の通常の意思に反すること(中略)を総合考慮すると、本件会社から支払われた職務手当には、その手当の名称が推認させるとおり、通常の労働時間も含め、原告のE事業部マネージャーとしての職責に対応する業務への対価としての性質を有する部分が一定程度は存在したと認めるのが相当である。」
(中略)
「職務手当は、その全額が労基法37条に基づく割増賃金として支払われるものと認めることはできず、通常の労働時間の賃金として支払われる部分が含まれると認められる。」
(中略)
「本件労働契約に係る契約書においても、本件会社の就業規則においても、職務手当に含まれる労基法37条に基づく割増賃金に対応する時間外労働等の時間数は記載されておらず、その他本件全証拠に照らしても、本件労働契約において、職務手当における通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものといわざるを得ない。」
「したがって、職務手当の支払をもって、本件会社が原告に対し労基法37条に基づく割増賃金として支払ったとする前提を欠くことになるから、結局のところ、職務手当の全額を通常の労働時間の賃金に当たるものとして給付基礎日額を算定するよりほかないというべきである。」
(中略)
「職務手当の全額が労基法37条に基づく割増賃金として支払われたものとして給付基礎日額を算定した上で行われた本件処分は違法であり、取消しを免れない。」
3 さいごに
長時間の残業等によって、うつ病や適応障害等の精神疾患の発病や、過労自死・過労死(「過労死・過労自殺とは?」もご覧ください。)等が起きた場合、給付基礎日額の算定にあたって未払いの残業代が適切に含まれているかを確認することが必要です。
労災請求にあたって、事前に証拠を収集する過程で、未払いの残業代の有無、有る場合の金額も把握しておくのが良いです。
労働問題の一つである給付基礎日額の算定の誤りについては、弁護士にご相談ください。
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- 古川拓.労災事件救済の手引 労災保険・損害賠償請求の実務第2版.株式会社青林書院,2018.9,p.12 ↩︎
- 労働者災害補償保険法8条1項 給付基礎日額は、労働基準法第12条の平均賃金に相当する額とする。この場合において、同条第1項の平均賃金を算定すべき事由の発生した日は、前条第1項第一号から第三号までに規定する負傷若しくは死亡の原因である事故が発生した日又は診断によつて同項第一号から第三号までに規定する疾病の発生が確定した日(中略)とする。 ↩︎
- 労働者災害補償保険法8条1項 給付基礎日額は、労働基準法第12条の平均賃金に相当する額とする。この場合において、同条第1項の平均賃金を算定すべき事由の発生した日は、前条第1項第一号から第三号までに規定する負傷若しくは死亡の原因である事故が発生した日又は診断によつて同項第一号から第三号までに規定する疾病の発生が確定した日(中略)とする。
労働基準法12条1項柱書本文 この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。
労働基準法施行規則48条 災害補償を行う場合には、死傷の原因たる事故発生の日又は診断によつて疾病の発生が確定した日を、平均賃金を算定すべき事由の発生した日とする。 ↩︎ - 林智之監修.事業者必携 最新 労働保険【労災保険・雇用保険】のしくみと届出・申請書類の書き方.株式会社三修社,2023.10,p.61 ↩︎
- 井上繁規.労災保険請求の手続と理論‐その審理の基本構造と実務上の重要論点.第一法規株式会社,2025.1,p.26
古川拓.労災事件救済の手引 労災保険・損害賠償請求の実務第2版.株式会社青林書院,2018.9,p.14‐15
大阪過労死問題連絡会.過労死・過労自殺の救済Q&A‐労災認定と企業賠償への取組み‐第3版,株式会社民事法研究会,2022.4,p.16 ↩︎