1 上司等からのパワーハラスメントによる精神障害の労災請求
過労自死や過労うつの精神障害の労災が認定されるためには原則として精神障害の発病前おおむね6か月間の業務による強い心理的負荷が認められる必要があります。
そして、上司等からのパワーハラスメントは、業務による心理的負荷の具体的な出来事の一つとされています(「上司等からのパワーハラスメントによる精神障害の労災認定」参照)。
上司等からパワーハラスメントによって労働者がうつ病や適応障害等の精神障害を発病した場合、労働者やそのご遺族は、労災請求にあたって、上司等からのパワーハラスメントがあったこと、パワーハラスメントにより受けた心理的負荷の程度を具体的に主張・証明する必要があります。
パワーハラスメントは様々な態様、場所等で行われることがあり、具体的に主張・証明するのは容易ではありませんが、労災請求前に、具体的な事実関係の調査や、証明の見通しを検討するのが望ましいです。
令和5年4月25日名古屋高等裁判所判決は、上司からのパワーハラスメントの有無やその心理的負荷についても判断された事例です。どのような証拠に基づいて、どのように判断されているのかについて、参考になります。
2 令和5年4月25日名古屋高等裁判所判決
⑴ 事案の概要
本件は、入社1年目の労働者が自死したことについて、労災保険の遺族補償一時金を不支給とした処分が高裁において取り消された事例です。
上司からのパワーハラスメント以外にも業務による心理的負荷が検討・認定されていますが、今般は、上司からのパワーハラスメントについての裁判所の判断を見ていきます。
⑵ 裁判所の判断
名古屋高等裁判所判決は、上司からのパワーハラスメントについて、以下のとおり判断しています。
「本件労働者の友人であるiは、本件労働者から、(略)平成22年10月8日の休日出勤の際にb課長から『お前なんか要らん』、『そんなんもできひんのに大卒なのか』などと言われたとの話を聞いた旨の証言をするほか、同じ上司から、本件労働者が作成した書類について『こんなのは全然駄目』とか『そんなのも作れないのか、それでも大卒か』などと言われたとの話を聞いた旨の証言をする(証人i調書4~5頁)。また、本件労働者は、大学時代の友人や茶道仲間にも『お前なんていらない』などと職場で言われた旨を話していたほか(甲A1の1・43、45~47頁)、同期入社の社員にも『b課長から大学名を馬鹿にされた。帰れ、役に立たないなどと言われた。』旨の話をしていた(甲A30・6頁)。」
「証人iの証言の信用性が高いこと及び本件労働者がありもしないことを言ったり大げさに言ったりするとは考え難いことは前記2(2)ウ(イ)において検討したとおりであることに加え、労働基準監督署での聴取において、o氏が『b課長は仕事に厳しい人で、若手に対して大きな声で厳しく指導していたことがある』旨を述べ(甲A1の1・312頁)、平成22年6月まで三重支店に勤務していたm課長代理が『b課長は、短時間で新人を育てなければならないので、一部厳しい面があったと思う。b課長は仕事ができる方だったが、こんなことまで言われなければならないのと思うことがあった。』旨を述べていること(甲A1の1・305、307頁)、11月18日の懇談において、控訴人が、本件労働者が『そんな大学聞いたことない』、『そんなところでよく入れたな』等とよく言われるなどパワーハラスメントを受けていた旨の話をしたのに対し、c指導員が『確かにそういった指導が入ることも、よくある、よくあるというかあるんですけども』、『(いなくなってしまえ、やめてしまえ、お前なんかいらないと)そういうニュアンスで言われたかもしれませんが』などと答えており、本件労働者が大学名を馬鹿にされたり、いなくなってしまえという趣旨のことを言われたりしていたことを必ずしも否定していないこと(甲A12の2・64~67頁)等の事情に鑑みれば、職場でのb課長の発言等に関し、証人iの証言のみならず友人や同期入社の社員等が本件労働者から聞いたとしている話の内容は、いずれも本件労働者が職場で実際に経験したものであると認められる。」
(中略)
「以上によれば、本件労働者は、b課長から、(略)平成22年10月9日の休日出勤の際に『お前なんか要らん』、『そんなんもできひんのに大卒なのか』などと言われて叱責されるほか、日々の業務等においても、同様のことを言われたり大学名を馬鹿にされたりしていたと認められる。そして、これらの発言は、業務指導の範囲を逸脱するものであるほか、本件労働者の人格や人間性を否定するものと評価し得るものであるから、これらの発言により本件労働者が受けた心理的負荷の程度は、少なくとも『中』に該当すると認めるのが相当である。」
(中略)
「以上検討したところによれば、本件労働者が上司からしばしば業務指導の範囲を超え人格等も否定するような発言をされており、それによる心理的負荷の程度が少なくとも『中』に該当することをベースとして、本件労働者が平成22年4月1日付けで本件会社に入社してから本件自殺までの間に担当した業務のうち、技術振興センター案件により本件労働者が受けた心理的負荷の程度は『中』に、三井住友案件により本件労働者が受けた心理的負荷の程度は『強』にそれぞれ該当すると評価し得ることを総合考慮すれば、本件労働者が本件会社における業務により受けていた心理的負荷の程度は、全体評価としても『強』に該当することは明らかというべきである。」
一審の名古屋地方裁判所判決は、上司による暴言について、以下のとおり判断し、日常的に業務指導の範囲を逸脱した言動をしていたとは認められないとの判断を示していました。
「本件労働者は上司から大学名を馬鹿にされたり,「おまえなんていらない」,「こんなんで大卒か」などと言われた旨周囲に話していた(甲A1の1・42頁,同43頁,同45~47頁,同301~303頁,同326頁,同332頁)。また、o氏及びr氏は、b課長は仕事に厳しい人で、若手に対して大きな声で厳しく指導していたことがある旨供述する(甲A1の1・308~319頁)ほか、m課長代理は、「短時間で新人を育てなければならないので、一部厳しい面があったと思います。(中略)b課長は仕事が出来る方でしたが、こんな事までを言われなければならないのと思うことがありました。」(甲A1の1・305~307頁)旨供述する。
しかし、r氏は、「厳しいだけではなく、人情味のある人で、常に部下の事を考えてくれる上司でした。面倒見もよく、私が三重支店を離れた後、自宅へ泊めてもらったこともありました。時々、厳しく指導される事はありましたが、私としてはパワハラを受けているとは感じませんでした。」旨述べ、b課長が、部下等に対して、大きな声で厳しい指導をすることはあっても、罵倒するなどしていた事実は見当たらない。m課長代理も、「a氏(判決注・本件労働者)に対してb課長が強い口調で接していたことは記憶にありません。(中略)私が三重支店で3か月a氏と接した中で、パワハラ等を受けていたことはありませんでした。a氏からの相談も受けていません。」旨供述し、ほかに同僚の中に本件労働者がb課長からこれらの発言を受けている場面を直接見聞きした者はいない。
このほか、m課長代理から本件労働者に送付されたメールに添付された『SOグループでの納得いかない話』とのファイル(甲A1の1・418~421頁)には、b課長への不満や不信感が縷々記載されているが、これらの記載によっても、b課長が部下等に対して暴言を述べ、あるいは罵倒していた事実は認められない。
また、同僚の中には、飲み会の場で「聞いたことがない大学」や「学卒もたいしたことないな」といった発言を冗談として聞いた者がいる(甲A1の1・477頁、甲A30)が、b課長が当該発言をしたことの的確な証拠はなく、仮にb課長の発言であったとすれば、本件労働者に不快感を与えるもので適切なものとはいい難いが、それがいじめや人格非難の程度に達しているとまでは評価できない。
以上によれば、b課長が、本件労働者に対し、日常的に業務指導の範囲を逸脱した言動をしていたとは認められず、本件労働者がb課長による同指導によって受けた心理的負荷は、「弱」にとどまるというべきである。」
3 証拠の収集が何よりも大事であること
労働者がパワーハラスメントを受けたこと等によってうつ病や適応障害等の精神疾患を発病し、労災認定を受けるには、証拠を集めることが重要になります。
録音データやメール等の客観的な証拠があれば、それが重要な証拠になる可能性があります。客観的な証拠がない場合も、同僚の供述(直接見聞きした旨の供述)等が重要な証拠になる可能性があります。
証拠があっても評価が分かれることがありますが、まず何よりもどのようにして証拠を集めて、パワーハラスメントがあることや、パワーハラスメントによって受けた心理的負荷の程度を証明するのかの準備が重要です。
さらに、上記の名古屋高等裁判所判決の事案のように、労災請求後の労働基準監督署の職場に対する調査においても、労働者やそのご遺族に有利な供述がなされている可能性もあります。仮に労働基準監督署から不支給の決定を受けた場合も、労働基準監督署の調査に関する記録の開示請求をする等して(「労災請求に対する労基署の判断内容等に関する記録の開示請求」参照)、あきらめずに証拠を集めることが重要だと考えます。