固定残業代と残業代請求

第1 固定残業代とは

 固定残業代とは、残業代として支払われる、あらかじめ定められた一定の金額です。定額残業代とも呼ばれることがあります。

 会社は、労働者に対して、時間外労働や休日労働等をさせた場合、割増賃金を支払わなければなりません(労働基準法37条。「残業代請求等における割増賃金について」参照)。しかし、固定残業代制が採用されていると、会社は、労働者に対して、労働基準法37条に定められた計算方法による割増賃金ではなく、定額の手当等のかたちで、一定の金額を支払います。

 固定残業代の具体例としては、以下の2つの方法が考えられます。

①基本給25万円のほかに定額手当として5万円が支給される場合(定額手当制)

②基本給30万円のなかに割増賃金分5万円が含まれている場合(定額給制)

第2 固定残業代についての考え方

 固定残業代の問題は、①固定残業代が許されるのか、②許されるとして、その条件は何か等です。

1 固定残業代は許されるのか

 固定残業代が許されるのかについては、労働基準法の規制に違反しない限りは、労働基準法37条に定める方法による割増賃金の計算をする必要はないと考えられています。

 そして、時間外労働等に対応する手当を他の賃金と明確に区分して定額で支払う場合は、定額の手当が労働基準法37条に定める方法による割増賃金よりも高額であるときは、労働基準法37条の規制には違反しません。また、低額であるときは、労働基準法37条の違反する限度で違法となり、労働者は会社に対して差額分の残業代を請求することができます。

2 固定残業代が許される条件

 固定残業代が許される条件としては、以下の条件があります。

⑴ 対価性の要件

 固定残業代が、時間外労働や深夜労働の対価の趣旨で支払われていること。

 定額の手当が支給されている場合(上記①基本給25万円のほかに定額手当として5万円が支給されている場合)に、対価性の要件が争われる事案が多いようです。

 各手当の趣旨については、就業規則(給与規定)、給与明細、実際の運用等の内容から判断されます。

⑵ 明確区分性の要件(又は判別可能性の要件)

 所定内賃金部分と割増賃金部分とを判別できること。

 基本給の中に割増賃金を組み込んで支給する場合(上記②基本給30万円のなかに割増賃金分5万円が含まれている場合)等において、明確区分性の要件が争われることがあります。

 就業規則上の規定が「基本給30万円に固定残業代を含む」というような場合は、明確区分性の要件を欠く可能性が極めて高いです。

 他方で、固定残業代の部分が金額と時間(残業の時間)によって特定されている場合、明確区分性の要件を満たしている可能性があります。

⑶ 差額支払の合意の要件

 一定時間を超えて時間外労働等が行われた場合には別途上乗せして割増賃金を支払う旨の合意。

 但し、そのような合意が条件になるのかについては、議論があります。

⑷ 公序良俗に反しないこと等

 36協定で定めることができる労働時間の上限の月45時間を大幅に超える時間外労働分の定額手当を定めていた事案について、固定残業代制の定めが公序良俗に反する等として、その効力が否定された裁判例があります(平成27年10月22日岐阜地方裁判所判決労働判例1127号29頁等)。

 なお、法的構成については、議論があります。

第3 なぜ固定残業代の有効性が争われるのか

 固定残業代が許される条件を満たさない場合、残業代の計算の基礎となる賃金に、固定残業代も含まれ、残業代の計算の基礎となる賃金の金額が高くなります(つまり、残業代の金額が高くなります。)。例えば、上記①基本給25万円のほかに定額手当として5万円が支給されている場合、合計30万円が、残業代の計算の基礎となる賃金になります。

 また、固定残業代の支払いは、残業代の支払いとして認められません。上記①の場合、会社としては残業代として5万円を支払っていたと主張することが考えられますが、定額手当の5万円の支給は、残業代の支払いとしては扱われません。

 他方で、固定残業代が許される条件を満たす場合、残業代の計算の基礎となる賃金には、固定残業代は含まれません。上記①の場合、基本給25万円が、残業代の計算の基礎となる賃金になります。

 また、固定残業代の支払いは、残業代の支払いとして認められます。上記①の場合、定額手当5万円の支給は、残業代の支払いとして扱われます。支給済みの定額手当の金額を控除した未払いの残業代について、会社は、労働者に対して、支払う義務を負います。

 以上のとおり、固定残業代が有効か否かで、労働者が会社に対して請求できる残業代の金額が異なります。

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第4 参考文献

 白石哲「固定残業代と割増賃金請求」白石哲編「労働関係訴訟の実務」第2版115頁

 藤井聖悟「時間外割増賃金の算定と支払」山川隆一他編「最新裁判実務体系第7巻労働関係訴訟Ⅰ」432頁

 旬報法律事務所編「改訂版 未払い残業代請求 法律実務マニュアル」84頁

 佐々木宗啓他編「類型別労働関係訴訟の実務改訂版Ⅰ」183頁