パワハラはなぜ発生するの?

第1 はじめに

 自死やうつ病・適応障害等の精神障害の発病の原因が、業務における上司からのパワーハラスメント(以下「パワハラ」といいます。)であることがあります(過労自死や過労うつ等の労災です。)1。また、精神障害の発病に至らずとも、パワハラを受けることによって、心身に不調が生じたり、会社員が退職に追い込まれたりすることもあります。

 パワハラが発生する原因を知ったところで、パワハラによって受けた心の傷が回復するとは限りません。また、失われた命は戻りません。そして、ご遺族の心の傷も癒えないと思います。

 他方で、パワハラの再発防止や予防に携わる立場の方にとっては、パワハラ発生の理由を知ることは、有益だと思います。

 パワハラが発生するメカニズムについて、津野香奈美氏は、次のように述べられています(なお、詳細は、津野香奈美氏の著書である「パワハラ上司を科学する」をお読みいただければと思います。)。

第2 パワハラが発生するメカニズム

1 個人的なパワハラの発生原因

 個人的なパワハラ(個人が自分の意向で単独で行う個人的暴力)の発生原因について、津野香奈美氏は、以下の4点等を述べられています。

⑴ 自尊心の不安定な高さ

 とある報告では、自尊心が不安定に高い場合、不安を感じたときに自己防御反応が起こり、攻撃的になりやすいと報告されているようです。

⑵ 感情知能の低さ

 多くの研究では、パワハラ行為者が、感情知能が低く、特に感情の中でも怒りのコントロールができないことが指摘されているようです。

⑶ 自分の言動が他者にどのように影響するのかの認識の甘さ

 多くの場合、パワハラ行為者は、自分がどのような行動をしていて、それが被害者にどのように影響を与えるかについて、驚くほど認識していないようです。

 とある研究では、過去2年間にパワハラで訴えられたことのある管理職約20名を対象にインタビュー調査を行ったところ、参加者の9割が、これまで誰に対してもパワハラをしたことがないと回答したようです。また、参加者の全員が、パワハラ行為について、「合理的なものだった」等と回答したようです。

⑷ 他者に対する期待水準の高さ

 とある研究では、パワハラ行為者の多くが、被害者のパフォーマンスに不満を感じて非難等を行ったと報告されているようです。

2 パワハラを誘発させる職場環境

 パワハラを誘発させる職場環境について、津野香奈美氏は、以下の6つの職場環境等を述べられています。

⑴ 全制的施設的な職場

 全制的施設とは時間割等によって入所者の生活が統制され、社会化等が図られることを特徴とするところ、職場もまた、全制的施設と似た特徴を持っていると指摘されています。

 このような職場では、密な人間関係が築かれやすく、密な人間関係が築かれると、同質性が求められ、馴染めなかったり、少し「違った」人がいると、いじめの対象になりやすいようです。

⑵ 要求度やプレッシャーの高い職場

 多くの研究では、要求度(仕事で求められる負荷や責任の度合い)の高い仕事や、プレッシャーの高い(自由や裁量が低い=コントロールが低い)仕事に従事している労働者ほど、パワハラを経験しやすいことがわかっているようです。

 パワハラの訴えがある部署は、恒常的に職場が忙しい、職員全員に全く余裕がない、という傾向にあると指摘されています。

⑶ 役割葛藤・役割の曖昧さのある職場

 役割葛藤は、仕事において矛盾した期待、要求、価値観を感じる度合いです。役割の曖昧さは、自分に何が期待されているのかわからないこと、あるいは計画された明確な目標や目的がないと感じている程度です。

 とある研究では、従業員に役割葛藤や役割の曖昧さを感じさせるような職場でパワハラが増えることが報告されているようです。

⑷ 冗談やからかいを容認している職場

 ユーモアや笑いを強制すると、パワハラ等に発展するリスクが高まると指摘されています。

 例えば、イベントで職場の男性の社員を女装させる、飲み会で裸芸をさせる等のハラスメントに発展するリスクがあるようです。

⑸ 男らしさが求められる職場

 男らしさが求められる職場とは、性役割が明確で、男性がタフで、競争的で、物質的な成功を求める傾向がある職場です(なお、「男らしさ」自体に議論があるのかもしれませんが、その点には触れません。)。

 そのような職場では、男性がリーダーとして、権限等を持つことが良しとされる傾向があり、そのような職場では、パワハラが発生しやすいことが明らかになっているようです。

⑹ 体育会系の職場

 体育会系の企業において、「しごく」等の名目でパワハラが行われることは珍しくないと指摘されています。

 例えば、自衛隊では、上司がパワハラ行為を「かわいがり」だと証言したケースがあるようです。

第3 さいごに

 パワハラの被害に向き合い、再発防止や予防に取り組んでいる方々がいらっしゃいます。弁護士もパワハラの再発防止や予防に携わることがあります。

 パワハラが発生するメカニズム等のパワハラへの知見を深めることで、再発防止策や予防策の実効性が持たれ、パワハラによる被害が少なくなることを望んでいます。

 さいごに、もっと詳しく知りたい方は、津野香奈美氏の著書である「パワハラ上司を科学する」をぜひお読みいただければと思います。

第4 参考文献

 津野香奈美.パワハラ上司を科学する.株式会社筑摩書房,2023

  1. 労働問題におけるパワーハラスメントや、上司等からのパワーハラスメントによる精神障害の労災認定等も書かせていただいております。 ↩︎