1 精神障害の治ゆ(症状固定)の有無や時期が労災請求や会社に対する民事賠償請求において問題となり得ること
精神障害の治ゆ(症状固定)の有無や時期は、労災請求や会社に対する民事賠償請求において問題となることがあります。
すなわち、労災請求については、精神障害の労災の認定基準(「心理的負荷による精神障害の認定基準」(基発0901第2号別添))によれば、うつ病等の精神障害が治ゆ(症状固定)した後に再び治療が必要な状態が生じた場合、新たに病気になったと取り扱われるとされています。労災が認定されるための原則的な要件の一つが、発病前おおむね6か月の過大なノルマや、𠮟責等のパワーハラスメント等の業務による過重性があることですが、通院して数年経過している時点で業務による過重性があった場合等に、症状固定に至っていたか否かが問題となることがあります。このように、精神障害が治ゆ(症状固定)に至ったか否か、治ゆ(症状固定)に至ったとした場合の時期は、精神障害の労災の認定において問題となることがあります。
また、会社に対する民事賠償請求については、労災認定により受給できる労災給付によっては補填されない損害を会社に対して請求する場合についても、休業損害や逸失利益(将来得られるはずであった収入)等の損害の算定、素因減額(損害の減額)や、損害賠償請求権の時効の起算点(いつまで損害賠償請求できるかの期間の始期)を考えるにあたって、精神障害が治ゆ(症状固定)に至ったか否か、治ゆ(症状固定)至ったとした場合の時期は、問題になることがあります。
2 うつ病が治ゆ(症状固定)するまでの期間について
例えばうつ病が治ゆ(症状固定)するまでの期間の目安について、精神障害の労災の認定基準では、うつ病の経過は、治療がまだの場合、一般的に、約90%以上が、6か月から2年続くとされていると述べられています。
このように述べられていることから、例えばうつ病になって5年や10年等の期間通院されている場合等に、労災請求や会社に対する損害賠償請求において、うつ病が治ゆ(症状固定)に至ったか否か、治ゆ(症状固定)に至ったとした場合の時期が問題となることがあります。
他方で、精神障害の労災の認定基準の上記の説明の根拠とされている医学文献では[i]、約10%の患者については、抗うつ薬による治療を行っても、複数のうつ病治療薬でも十分な効果が得られないと考えられている旨も述べられています[ii]。
難治性のうつ病の背景には、複雑性PTSDが存在する旨の指摘[iii]等もあります。複雑性PTSDは、トラウマによって生じた精神疾患です。トラウマからの回復の段階については、例えば、3つの段階(①安全・安心の確保、②再体験(安心できる関係の中で、過去を再体験する)、③社会的再結合(社会的なつながりを作る))がある等といわれていますが[iv]、回復に至るまでには、一人ひとりに、それぞれの過程があります。トラウマを抱えている人の中には、例えば、トラウマの原因となった職場内の上司からのパワーハラスメントを継続して受けていたり、継続していないけれども当該上司と一緒に仕事をせざるを得ないこともあるかと思います。そのような場合に、回復までに時間を要することもあると思います。
3 労災請求や会社に対する民事賠償請求において適切に対応するために
労災請求や会社に対する民事賠償請求において適切に対応するためには、当然のことですが、一人ひとりの病気になった原因や背景を十分に理解して、法的な観点から検討することが必要なのだと思います。
他方で、労災請求等の法的な手続をとる場合、病気の原因や背景を思い出していただき、お話していただく必要があるので、心身に大きな負担になることもあります。体調に配慮して対応を検討することも必要だと思います。
精神障害の労災請求や、労災認定後の会社に対する損害賠償請求の法的問題は、当事務所へご相談ください。お問い合わせは、「お問い合わせフォーム」からお願いいたします。
[i] 精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会.精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書,2023,p.34
[ii] 尾崎紀夫・三村將監修.水野雅文・村井俊哉・明智龍男編集.標準精神医学第9版.株式会社医学書院,2024,p.313
[iii] パワーハラスメントが被害者にもたらす被害・症状について
[iv] 白川美也子.赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア,2016,今成知美