パワーハラスメントが被害者にもたらす被害・症状について

第1 はじめに

 上司からのパワーハラスメント1によって、会社員がうつ病や適応障害等の精神障害を発病したり、発病した精神障害の影響によって自死することがあります。

第2 パワーハラスメントが被害者にもたらす被害や症状

 このように、パワーハラスメントは、うつ病や適応障害等の精神障害の発病等、パワーハラスメントを受けた被害者の心に深刻な被害をもたらすことがあります。

 他にも、被害者には、失敗恐怖・叱責恐怖等の症状が現れることもあります。

 主としてうつ病に関する文脈においてですが、とある精神科医は、以下の2点等を述べられています。

1 職場限定の社交不安症・対人恐怖や、失敗恐怖・叱責恐怖について

 1点目に、うつ病が難治性につながる患者の因子を挙げた上で、「職場でだけ、電話に出るのが怖い」(職場限定の社交不安症・対人恐怖)、「失敗して叱責されるのが怖い。」(失敗恐怖や叱責恐怖。例えば何かを新たに始めるのが難しく、課題遂行が滞りがち。)といったわかりにくい形で因子が存在して、回復が妨げられている場合があることを述べられています。

 このように、パワーハラスメントを受けることによって、職場限定の社交不安症・対人恐怖や、失敗恐怖・叱責恐怖が生じる可能性があります。

2 加害者等との接触の回避や、失敗・叱責を恐れての確認行為について

 2点目に、かなりの割合の難治性うつ病の背景に複雑性PTSDが存在し、治療にあたっては各種ハラスメント等によって生じた複雑性PTSDをふまえた対応が欠かせないと述べられています(複雑性PTSDは、簡単にいうと、トラウマによって引き起こされる病気です。)。

 その上で、自分の複雑性PTSDの原因となったハラスメントの加害者等との直接的な接触はもとより、間接的な接触も極力避けるようになることもあり、例えば、加害者等の住んでいる地域、利用している店や駅なども回避の対象とすることもあると述べられています。

 また、自分が犯した些細なミスに対して、当該の人から過度に厳しい叱責を受ける経験を繰り返して、強い失敗恐怖や叱責恐怖が形成されてしまい、失敗や叱責を恐れて過度の確認行為を繰り返す、といったある種の強迫症を発症(併発)してしまう例もあると述べられています。

 このように、加害者等との接触の回避や、失敗や叱責を恐れての過度の確認行為が生じる可能性もあります。

第3 さいごに

 パワーハラスメントによる心への被害は、現にパワーハラスメントを受けている場合はもとより、様々なかたちで生じる可能性があります。

 様々なかたちで生じる可能性について、2002年3月22日神戸地方裁判所判決労働判例827号123頁が過去に軋轢のある上司との人間関係に対する不安や緊張を公務災害認定の判断材料にしていますが2、例えば、過去にパワーハラスメントを受けた上司との人間関係に対する不安や緊張といったかたちで生じる可能性等もあるように思います。

 そして、うつ病や適応障害等の精神障害は言うまでもなく、これまで述べたように、失敗恐怖・叱責恐怖等の症状が現れることがあります。このようなことは、パワーハラスメントによる被害を考えるときに、知っておいた方が良いように思います。

 さいごになりますが、パワーハラスメントの予防、再発防止や、被害からの回復を、切に望みます。

第4 参考文献

佐久間大輔.労災・過労死の裁判.株式会社評論社,2010,p.163

神庭重信編集.気分症群.株式会社中山書店,2020,p.354‐369(講座精神疾患の臨床,1)


  1. 労働問題におけるパワーハラスメントは、こちらをご覧ください。 ↩︎
  2. 2002年3月22日神戸地方裁判所判決労働判例827号123頁は、「平成3年4月の管理係長への就任は、亡太郎に対し、初めて携わる経理・庶務等の業務に対する不安及び緊張並びに過去に軋轢のある上司との人間関係に対する極度の不安及び緊張といった、通常の配置転換に伴う不安や緊張等のストレスを超えた、かなりの精神的負荷を与えたことが窺われる(なお、過去に軋轢のある上司と同じ職場になることは極めて稀なことではないから、これを相当因果関係の判断の基礎事情として考慮しうることは当然である。)」と判示しています。 ↩︎