階段からの転落についての労災申請と損害賠償請求

 労働者が業務中又は通勤中に階段から転落し、負傷、死亡してしまうことがあります。

 転落時の事情によっては、労災の認定を受けることができます。また、会社に対して損害賠償請求をすることができる可能性もあります。

 以下では、階段からの転落に関する裁判例をご紹介いたします。

1 2022年6月29日東京高等裁判所判決判例タイムズ1510号176頁(損害賠償請求事 件)

⑴ 事案の概要 

 本件は、調理担当の原告が、その勤務先の居酒屋を経営する被告に対し、被告の安全配慮義務違反により、原告が被告店舗の外階段(屋根はなく当時雨で濡れていた。)で転倒し、右前腕、右手等を負傷したとして、損害賠償金等の支払を請求した事案です。

⑵ 判示の内容

 一審判決である2021年11月26日横浜地方裁判所判決では原告の被告に対する安全配慮義務違反の主張は認められませんでした。

 しかし、控訴審判決、は以下のとおり判示しています(なお、原告は労災給付を受けていることから、労災認定を受けていると思われます。)。

① 「被控訴人は、本件ビルにおいて本件店舗を経営し、調理担当従業員をして食材の運搬、調理等の業務に従事させていたところ、その業務上の必要から、いわば職場の一部として本件階段を常時使用させるとともに、本件サンダルを使わせていたものといえる。しかるに、本件階段は、本件ビルの屋外に設置された外階段であって、雨よけ等の屋根がなく、雨に濡れる場所にあったところ、被控訴人は、調理担当従業員をして、食材やごみを運搬するなどのため、3階店舗の玄関で土間に降りさせ、本件サンダルを履かせて本件階段を降りさせていたものである。このような状況の下、控訴人の前任者であるBは、平成28年ないし同29年頃、被控訴人の用意したサンダルを履いて本件階段を降りていた際、雨で濡れた本件階段で足を滑らせて転倒し、本件店舗の現場責任者であるF店長は、その直後に現場を見て、Bの転倒の事実を把握していたものである。また、本件事故の直前に、Dは、ごみを出しに行くため、本件サンダルを履き、発砲スチロール等を両手に持った状態で本件階段を降り始めたところ、滑ったものの転倒せず、その後は慎重に本件階段を降りたにもかかわらず、再び滑って転倒し、でん部を階段の角にぶつけているし、本件事故のあった月の翌月にも、Cは、本件サンダルを履いて本件階段を降りた際、足を滑らせて転倒している。」

② 「このような事情の下では、本件事故時において、調理担当従業員が、降雨の影響によって滑りやすくなった本件階段を、裏面が摩耗したサンダルを履いて降りる場合には、本件階段は、調理担当従業員が安全に使用することができる性状を客観的に欠いた状態にあったものというべきである。それにもかかわらず、被控訴人は、調理担当従業員に、降雨の影響を受ける本件階段を、その職場の一部として昇降させるとともに、裏面が摩耗した本件サンダルを使わせていたものである。しかるところ、雨で濡れた階段を裏面が摩耗したサンダルで降りる場合には、滑って転倒しやすいことは容易に認識し得ることである上、本件事故が発生する以前に、本件店舗の現場責任者(F店長)も、調理担当従業員であるBが本件階段で転倒した直後に現場を見て、同人が転倒した事実を把握していたというのであるから、被控訴人は、上記の場合において、業務中の調理担当従業員が、本件階段で足を滑らせて転倒するなどの危険が生ずる可能性があることを、客観的に予見し得たものというほかない。そして、被控訴人において、そのような危険が現実化することを回避すべく、本件事故発生以前において、本件階段に滑り止めの加工をしたり、降雨の際は滑りやすい旨注意を促したり、裏面が摩耗していないサンダルを用意したりするなど、控訴人を含む調理担当従業員が、本件階段を安全に使用することができるよう配慮する措置を講ずることは、被控訴人自身が、本件事故発生以後においてではあるが、実際に行った措置であることに照らしても、十分可能であったというべきである。」

③ 「そうである以上、被控訴人は、本件事故時において、上記のような危険が現実化することを回避すべく、上記のとおり、調理担当従業員に対して本件階段の使用について注意を促したり、本件階段に滑り止めの加工をしたりするなどの措置を講じ、控訴人を含む調理担当従業員が、本件階段を安全に使用することができるよう配慮すべき義務を負っていたものと解するのが相当であるところ、被控訴人において、本件事故時、上記の義務を履行するために、何らかの安全対策を採っていたことを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人は、控訴人に対する安全配慮義務に違反したものといわざるを得ない。そして、本件階段への滑り止めの加工等の措置の性質・内容に、被控訴人が、本件事故後上記のような安全対策を施した後は、本件階段で足を滑らせて転倒した調理担当従業員が存することが本件証拠上うかがわれないことも併せ考慮すれば、被控訴人が上記義務を尽くすべく安全対策を採っていれば、本件事故の発生を防止することができたことが認められる。そうすると、被控訴人は、上記安全配慮義務違反によって、控訴人をして、本件階段で足を滑らせて転倒させ、その右手、腰部等に本件傷害を負わせたものというほかない。

  判例タイムズ1510号177頁の説明では、「本判決は、Yの安全配慮義務違反の有無についての帰趨は、Xの主観的行為からではなく、雨に濡れた本件階段の客観的な安全性という見地から決せられるとみたものと思われる。この観点から、本判決は、原審が指摘する事情(Xが、本件階段を下りるに当たって、本件階段の状態をよく認識せず、自らの足元を十分に注意して見て足を運ばなかったこと)をもってYの安全配慮義務違反を否定することはせず(この点は4割の過失相殺をすることにより考慮している。)、本件階段の設置や使用の態様、本件サンダルの性状、他の従業員の転倒事故等からみて、本件事故時において、調理担当従業員が、降雨の影響によって滑りやすくなった本件階段を、裏面が摩耗したサンダルを履いて降りる場合には、雨に濡れた本件階段の客観的な安全性は肯定できない旨判示したものと思われ、本判決のこのような説示は、本件の事実関係に照らし穏当なものであるものと思われる。」と述べられています。

2 2019年2月27日東京地方裁判所判決(労災保険遺族給付等不支給処分取消請求事件)

⑴ 事案の概要 

 故人が通勤中に歩道橋の階段を下っていた際に転倒し頭部を強打して外傷性くも膜下出血等の傷病を負って約6年10か月にわたって昏睡状態が続いた末に死亡したとする原告が、労働基準監督署長に対し、遺族給付及び葬祭給付の各支給を請求したところ、労働基準監督署長から通勤災害に伴う死亡とは認められないとしていずれも不支給とする旨の決定を受けたことから、本件各処分の取消しを求め、請求が認容された事例です。

⑵ 判示の内容

 同判決は、以下のとおり判示しています。

① 「被災者が通勤途中に遭遇した本件事故は、歩道橋から足を滑らせて転倒し、階段15段分の高低差を転落して身体の枢要部である頭部を歩道橋の階段、路面等に強打するという重大なものであり、これにより、被災者は、急性硬膜外血腫、外傷性急性硬膜下血腫、外傷性くも膜下出血、脳挫傷、外傷後水頭症、重症頭部外傷及び頭蓋骨骨折の重傷を負ったものである。その後、この頭部外傷の後遺症から被災者を救命するために緊急の外科的対応が断続的に繰り返されたものの、約6年を超える長期間の昏睡状態を経過した。これらの事情に加えて他に本件死亡の原因となり得る有力な原因が存することも窺われないことも併せ考慮すると、医療従事者の懸命の救命措置等により一命は取り留めたものの、本件受傷から順次、不整脈、本件心肺停止、頻脈誘発性心筋症の罹患、持続等によって左室機能障害に陥り心不全によって本件死亡に至ったことは、これらの経緯を全体として見れば、通勤中に生じた本件事故に内在する危険が現実化したことによるものとみるのが相当であり、本件事故と本件死亡との間に相当因果関係の存在を肯定することができることとなる。」

3 中央労働基準監督署長事件・2008年6月25日東京高等裁判所判決判例時報2019号122頁以下(遺族給付等不支給決定処分取消請求控訴事件)

⑴ 事案の概要

 本件は、会社内での飲酒を伴う会合後更に飲酒等をして帰宅途中に駅の階段で転落死した故人の妻からなされた療養給付、遺族給付及び葬祭給付の各請求に対して労働基準監督署長がした不支給処分について、通勤災害と認めなかったことに違法性はないとされた事例です。

⑵ 判示の内容

 同判決は、以下のとおり判示しています。

 ① 「本件会合は通常の勤務時間終了後に開催されていること、参加が自由であること、実際、主任会議の参加者の多くは本件会合に参加していないこと、参加する場合でも、参加する時間、退出する時間は自由であったこと、本件事故当時の日特建設の残業手当の支給が残業目標時間内に限って支払うという運用がされていたこともあり、本件会合に参加した時間につき残業と申告する者と申告しない者がおり、一律に本件会合への参加が残業と取り扱われていたわけではないこと、本件会合については開催の稟議や案内状もなく、また、毎回、議題もなく、議事録が作成されることもないこと、本件会合開始時から飲酒が始まり、アルコールがなくなる午後8時ないし午後8時30分ころに終了することが多く、アルコールの量も少なくはないこと、会社内では本件会合は『ご苦労さん会』と称されていたこと、もともとは主任会議後の慰労会として開催されたことからすると、本件会合は慰労会、懇親会の性格もあり、また、拘束性も低いから、本件会合への参加自体を直ちに業務であるということはできない。

 ② 「上記のとおり本件会合への参加自体を直ちに業務ということはできないが、本件会合の主催者は事務管理部であり、事務管理部の社員が料理、アルコールの調達や会場の設営をしているところ、亡太郎は事務管理部の次長の地位にあり、事務管理部を実質的に統括していたこと、現実に、亡太郎は本件会合にはほぼ最初から参加していること、日特建設では本件会合を社員のきたんのない意見を聞く機会と位置付け、亡太郎は本件会合において社員の意見を聴取するなどしてきたことからすると、亡太郎については、本件会合への参加は業務と認めるのが相当である。

   しかしながら、亡太郎が本件会合に参加しても従来午後7時ころには退社していること、本件会合は飲酒を伴うもので終了もアルコールがなくなるころであったという実情にあることや開始時刻からの時間の経過からすると、午後7時前後には本件会合の目的に従った行事は終了していたと認めるのが相当であるから、亡太郎にとっても業務性のある参加はせいぜい午後7時前後までというべきである。」

 ③ 「亡太郎はその後も約3時間、本件会合の参加者と飲酒したり、居眠りをし、退社して帰宅行為を開始したのは午後10時15分ころである上、その際、亡太郎は既に相当程度酩酊し、部下に支えられてやっと歩いている状態であったというのであり、また、本件事故が階段から転落し、防御の措置を執ることもできずに後頭部に致命的な衝撃を受けたというものであることや入院先で採取された血液中のエタノール濃度が高かったことからすると、本件事故には亡太郎の飲酒酩酊が大きくかかわっているとみざるを得ない。

 以上、亡太郎の帰宅行為は業務終了後相当時間が経過した後であって、帰宅行為が就業に関してされたといい難いし、また、飲酒酩酊が大きくかかわった本件事故を通常の通勤に生じる危険の発現とみることはできないから、亡太郎の帰宅行為を合理的な方法による通勤ということはできず、結局、本件事故を労災保険法7条1項2号の通勤災害と認めることはできない。

4 大分労基署長(大分放送)事件・1993年4月28日福岡高等裁判所判決判例タイムズ832号110頁以下(療養補償給付等不支給処分取消請求控訴事件)

⑴ 事案の概要

 本件は、出張先の宿泊所で夕食中に飲酒した後、階段から転落して死亡したことにつき、故人は出張の全過程において事業主の支配下にあり、宿泊所内での慰労と懇親のための飲酒は宿泊に通常随伴する行為であるとして、右死亡に業務起因性があるとされた事例です。

⑵ 判示の内容

 同判決は、以下のとおり判示しています(以下では故人の表記を「故人」にしています。)。

 ① 「故人は、本件段階で転倒したことによって、右耳上部側頭部の頭蓋骨骨折、右肩下骨折、右足首捻挫、右肩・右上腕部打撲、左踵部創傷の傷害を負ったものであるが、このような受傷の部位、程度に照らすと、故人は本件階段を歩行中に転倒して、階段の段鼻、床等に身体右側部分を激突させたものと推認される。そして、受傷のうち主要なものが頭蓋骨及び右肩下の骨折であることや、腰や手、肘などには受傷していないことからすれば、故人は、転倒した際、とっさに手で頭をおおうなどの危険回避の動作をしなかったことが推認される。

   また、前記認定の、本件階段の形状や、使用開始以来約八年間にわたって宿泊客等の転倒事故が発生したことがないことに照らすと、本件階段は、通常人が払う程度の注意を用いて昇降する限りにおいては、特に危険性のないものであったことが認められる。

   さらに前記認定のとおり、故人は、本件事故当時、色や形から客室用のスリッパではないことが容易に分かると思われるトイレ用のサンダルを履いたまま本件階段を歩行していたことが認められる。

   これらの事実を総合して考えると、故人は、本件階段において、飲酒による酔いのために、注意力や動作の敏捷性が減退している状態のもとで、本件階段を降りようとして、足を踏み外すなどして転倒し、階段での転落事故に特有の、とっさに危険を回避する動作をすることの困難性も相まって、段鼻等に頭部を激突させるなどし、前記傷害を負うに至ったものと認められる。

 ② 「しかしながら、本件全証拠を検討しても、本件事故が発生した時点において、故人がなんらかの恣意的行為に及んでいたことを示す証拠はなく、前記認定の、午後九時五分頃、入浴に赴く梅崎に声をかけた際の状況や、本件事故後、故人の床を三方から囲むような位置関係で就寝していた他の三名を起こすような言動をすることもなく、床に入っていることなどの事実関係に照らすと、故人は本件事故当時、他の三名が寝入るのを待って自らも就寝すべく、暫時宿泊室の外で時間を過ごし、その間二階をぶらつき、トイレに行ったりなどした後、宿泊室に戻ろうとして、いったん本件階段を三階へと昇ったが、二階のトイレのサンダルを履いていることに気がついて、二階へ降りようとした際に、足を踏み外して転倒し、本件事故に至ったものと推測するのがほぼ事実に符号するのではないかと考えられ、本件事故は、故人が業務とまったく関連のない私的行為や恣意的行為ないしは業務遂行から逸脱した行為によって自ら招来した事故であるとして、業務起因性を否定すべき事実関係はないというべきである。」

 ③ 「そうすると、本件事故については、それが宿泊を伴う業務遂行に随伴ないし関連して発生したものであることが肯認されるところ、業務起因性を否定するに足る事実関係は存しないもので、故人の死亡は、労災法上の業務上の事由による死亡にあたるというべきであり、故人の死亡が業務上の事由による死亡に該当しないとして、被控訴人が昭和五九年三月三一日付でした、労災法に基づく療養補償給付及び遺族補償給付並びに葬祭料を支給しない旨の本件処分の取消を求める控訴人の請求は、理由があるから認容すべきである。」

 判例タイムズ832号110頁の解説では、「出張、特に宿泊を伴う出張の場合、例えば、食事、睡眠等の必ずしも業務とはいえない行為が出張に際して必然的に随伴するが、出張中の個々の行為については、積極的な私的行為や恣意的行為でない限り、一般に出張に当然又は通常伴う行為とみて、業務遂行性が認められている。」と述べられています。

5 1983年2月4日千葉地方裁判所佐倉支部判決判例時報1082号114頁以 下(損害賠償請求事件)

⑴ 事案の概要

 銀行が勤務時間外に、預金増強のための会合を開いた料理屋の階段から、故人が転落死亡した事故につき、右事故は業務中に発生したものと認定した上で、使用者に信義則上の附随義務として労働者に対する安全保護義務として適切な治療を受けさせる義務が認められた事例です(なお、原告は労災給付を受けていることから、労災認定を受けていると思われます。)。

⑵ 判示の内容

 同判決は、以下のとおり判示しています(以下では故人の表記を「故人」にしています。)。

 ① 「ところで、一般に、雇用契約においては、使用者は労働者に対して、報酬支払の義務を負うほか、信義則上、雇用契約に付随する義務として、労働者の生命及び健康を危険から保護するよう配慮する義務を負っているものであり、したがって、業務中に労働者に事故が発生したときには、その受傷の有無を判断し、受傷、若しくは受傷の可能性のある労働者に対しては、適切な治療を受けさせる義務があると解するのが相当である。

   そこで、本件事故が業務中の事故に該当するかについて検討すると、前記認定事実によれば、本件決起大会が被告銀行の業務に関連したものであることは明白であり、右大会への出席は任意ではなく、事実上業務命令とも同視し得るものであり、したがって、故人は総務職員としてではあるが右大会中は被告銀行の指揮監督下に置かれていたものというべきであるから、本件事故は業務中に発生したものと認めるのが相当である。

   次に、本件事故によって故人が受傷したことを通常人において認識し得たか否かについて検討するに、前記認定事実によれば、被告銀行の行員は、故人が階段から転落した際の物音を聞いていること、転落直後の状況は、階段下の盆り場に頭部を階段とは反対の下駄箱の方に向けてうつぶせの、いわゆる『つんのめる』状態で倒れており、意識不明の状態であったこと、右転落の直前には故人は踊りを踊れる程度の酔の状況にすぎなかったというのであるから、これらの事実を総合して考えると、通常人であれば、故人が頭部に強度の衝撃を受けたのではないかと考えるのが常識である。まして、故人は転落によって額部分に受傷していたのであり、その部位から判断して、少しの注意を払えば右受傷の事実を発見し得たことを考えると、なおさらの感がある。

   そうすると、故人は業務中に本件事故を起こし、頭部に強度の衝撃を受けていたのであるから、被告銀行としては、医師の応診を求めるなり、救急車で病院に搬送するなどして故人に適切な治療を受けさせる義務があったにもかかわらず、これを履行せず、その結果、故人を死亡するに至らしめたといわなければならない。

   (略)更に、被告は、本件事故によって故人の死亡を予見することはできなかった旨主張するが、右主張は本件事故によって故人が頭部に受傷したことを認識できなかったということを前提にするものであるうえ、頭部に強度の衝撃があったときには、速やかに医師の診察を求める必要があり、時を移すと死亡の可能性もあるということは通常人の常識ともなっているものであるから、被告の右主張も採用できない。

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