1 はじめに
労働者が仕事で精神障害の病気になった、精神障害の病気になって自殺した場合、その労働者やご遺族は、どのような場合に、労災保険の給付を受けられるのでしょうか?
精神障害の労災が認められるためには、労災の対象となる精神障害を発病していたことが必要です[i]。
労災の対象となる精神障害は、原則として、国際疾病分類第10回修正版第Ⅴ章「精神および行動」に分類される精神障害であって、器質性のものおよび有害物質に起因する起因するものを除くとしています。
具体的には、主として、F2~F4に分類される精神障害、すなわち、統合失調症、統合失調型障害及び妄想性障害、気分(感情)障害(うつ病等)、神経症性障害、ストレス関連障害と身体表現性障害です。
なお、心身症は、対象となる精神障害に含まれないとされています。
2 精神障害の発病の有無や病名の判断
精神障害の労災の認定基準では、対象となる精神障害の発病の有無や病名は、「ICD‐10精神及び行動の障害臨床記述と診断ガイドライン」(以下、「診断ガイドライン」といいます。)に基づき、主治医の意見書や診療録等の関係資料、請求人や関係者からの聴き取りの内容、その他の情報から得られた認定事実により、医学的に判断するとされています。したがって、それらの証拠を集めることが重要です。
⑴ 治療歴がある場合
被災した労働者が精神科の病院等を受診・通院されていた場合、主治医の診断書や意見書、診療録等の医療記録を取り寄せることが重要です。その他、ご家族、知人や同僚等の関係者からの聴き取りの内容等も参考になります。
⑵ 治療歴がない場合
被災した労働者が精神科の病院等を受診していない場合、それだけで、被災した労働者が労災の対象となる精神障害を発病していなかったと判断されるわけではありません。
つまり、治療歴がなくても、対象となる精神障害の発病が認められる可能性があります。
精神科の治療歴がなくても、精神科以外(例えば、内科等)の病院の治療歴がある場合、その病院の診療録等の医療記録が参考になる可能性があります。また、治療歴がある場合と同じく、労働者のご家族、知人、同僚等からの話等も参考になります。その他、精神障害の発病に関する証拠を確認することが重要です(労働者ご本人が精神科を受診できる場合、精神科の治療を検討するのがいいと思います。)。
なお、被災した労働者が自殺している場合、認定基準では、「治療歴がない自殺事案については、うつ病エピソードのように症状に周囲が気づきにくい精神障害もあることに留意しつつ関係者からの聴取内容等を医学的に慎重に検討し、診断ガイドラインに示す診断基準を満たすと医学的に推定される場合には、当該疾患名の精神障害が発病したものとして取り扱う」とされています。
3 精神障害の発病の時期
精神障害の労災が認められるためには、原則として、①対象となる精神障害の発病、②精神障害の発病前おおむね6か月間の業務による強い心理的負荷が認められること、③業務以外の心理的負荷や個体側の要因によって発病したと認められないことが必要です。
上記②の精神障害の発病前おおむね6カ月間の業務による強い心理的負荷が認められることを検討・判断するためには、精神障害の発病がいつかが問題となります。
認定基準では、「発病時期についても診断ガイドラインに基づき判断する。その特定が難しい場合にも、心理的負荷となる出来事との関係や、自殺事案については自殺日との関係等を踏まえ、できる限り時期の範囲を絞り込んだ医学意見を求めて判断する」、「精神障害の治療歴のない自殺事案についても、(略)精神障害は発病していたと考えられるものの、診断ガイドラインに示す診断基準を満たした時期の特定が困難な場合には、遅くとも自殺日までには発病していたものと判断する」等とされています。
発病の時期の検討、判断についても、証拠を集めることが重要です。
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4 参考文献
「心理的負荷による精神障害の認定基準」(2023年9月1日付け基発第2号別添)第1・1頁、第4の1・2頁
精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」17頁
大阪過労死問題連絡会編「過労死・過労自殺の救済Q&A」第3版・75頁
佐久間大輔「精神疾患・過労死」第2版・114頁
第二東京弁護士会労働問題検討委員会「労働事件ハンドブック」改訂版893頁
[i] 労働者災害補償保険法7条1項 この法律による保険給付は、次に掲げる保険給付とする。
1号 労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡(略)に関する保険給付
2号~3号 (略)
2項~3項 (略)
労働者災害補償保険法12条の8第1項 第7条第1項第1号の業務災害に関する保険給付は、次に掲げる保険給付とする。
1号 療養補償給付
2号 休業補償給付
3号 障害補償給付
4号 遺族補償給付
5号 葬祭料
6号 傷病補償年金
7号 介護補償給付
2項 前項の保険給付(傷病補償年金及び介護補償給付を除く。)は、労働基準法第75条から第77条まで、第79条及び第80条に規定する災害補償の事由又は船員法(略)第89条第1項、第91条第1項、第92条本文、第93条及び第94条に規定する災害補償の事由(同法第91条第1項にあっては、労働基準法第76条第1項に規定する災害補償の事由に相当する部分に限る。)が生じた場合に、補償を受けるべき労働者若しくは遺族又は葬祭を行う者に対し、その請求に基づいて行う。
3項~4項 (略)
労働基準法75条1項 労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。
2項 前項に規定する業務上の疾病及び療養の範囲は、厚生労働省令で定める。
労働基準法施行規則35条 法第75条第2項の規定による業務上の疾病は、別表第1の2に掲げる疾病とする。
労働基準法施行規則別表第1の2第1号~第8号 (略)
9号 人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病
10号~11号 (略)