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うつ病や自死等の労災申請・損害賠償請求・安全配慮義務違反等、解雇・退職勧奨、残業代請求等の労働者側の労働問題を主に取り扱う栄田法律事務所(神奈川県横浜市)です。 | うつ病や自死の労災申請等の労働問題なら栄田法律事務所へ
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海外出張中の交通事故による被災と出向元・出向先の安全配慮義務等についての事例(裁判例)

2024 10/13
労働問題 労働災害の問題(過労死・過労自殺・過労うつ等)
2024年10月13日
弁護士栄田国良(神奈川県弁護士会所属)

1 はじめに

 2023年1月25日東京高等裁判所判決労働判例1300号29頁・伊藤忠商事・シーアイマテックス事件では、海外出張中の交通事故による被災と、出向元・出向先の安全配慮義務等について判断されています。

 本件判決の意義として、海外出張中の交通事故であり、どこの国の法律を基準にするのか(不法行為準拠法)についての判断に最大の意義があると思われると述べられているところですが[i]、本件判決の出向元と出向先の安全配慮義務違反についての判断を紹介したいと思います。

2 事案の概要

 以下、適宜省略しながら、事案の概要を記します。

⑴ 控訴人甲野は、被控訴人シーアイマテックスに雇用されていた。控訴人は、被控訴人伊藤忠に出向して、同社の東京本社で勤務していた。

⑵ 控訴人甲野は、被控訴人伊藤忠の業務のため、マレーシアに出張していた。

⑶ 控訴人甲野は、被控訴人伊藤忠の孫会社であるITOCHU Malaysia Sdn.Bhd.の従業員が運転する乗用車に同乗していたところ、交通事故に遭った。控訴人甲野は、傷害を負い、後遺障害等級第1級の後遺障害が残った。

⑷ 本件は、控訴人甲野らが、被控訴人らに対して、安全配慮義務違反等に基づく損害賠償金の支払を求める等した事案である。

3 本件判決の安全配慮義務違反についての判断

 本件判決は、出向元と出向先である被控訴人らの安全配慮義務違反について、以下のとおり判断しています。

① 「控訴人らは、新興国・途上国では多くの交通事故が発生する傾向にある上、本件では、Aが疲労状態にある中、目的地に先行しなければならなかったのであるから、被控訴人伊藤忠には、そのようなAが運転する本件A車への同乗を控訴人甲野に命じたことは、同人との関係で雇用契約の債務不履行(安全配慮義務違反)がある等と主張する。

 しかしながら、Aは職業運転手ではないものの、同人が適切な運転技量を備えていないことや、本件A車が整備不良車であったことなどはうかがわれない。また、Aは、前日午後10時過ぎ頃まで会食に参加し、当日は午前7時頃に自宅を出発したことから、疲労が残っていた可能性はあるものの、本件事故発生時に運転に適さない心身状況にあったことまでを認める証拠はない。さらに、本件事故時の本件A車の走行速度は不明であり(前記4(1))、AがBの指示により交通事故発生の危険性の高まる運転を余儀なくされていたとは認められない。そして、一般的に、新興国や発展途上国において交通事故発生の危険性が日本よりも高いとしても、そのこと自体から、直ちに、本件事故の発生を具体的に予見し、対応策を講ずるべきであったとはいえない。したがって、Bが控訴人甲野に本件A車の同乗を命じたことについて、被控訴人伊藤忠に安全配慮義務違反があったとは認められない。」

② 「被控訴人シーアイマテックスの関係では、控訴人甲野の出向中、日常業務は被控訴人伊藤忠の指揮、命令、監督に基づき行われており(乙4)、本件視察も被控訴人伊藤忠の提案によるものであって、被控訴人シーアイマテックスが具体的に関与していたことはうかがわれないから、同社に安全配慮義務違反があったとも認められない。」

③ 「以上によれば、被控訴人らには、控訴人甲野との関係で、雇用契約上の債務不履行(安全配慮義務違反)があるとは認められない。」


4 本件判決について

 出向元も、出向先も、安全配慮義務を負うことがありますが[ⅱ]、本件判決は、結論として、出向元も、出向先も、安全配慮義務違反を認めていません。

 出向元の安全配慮義務違反を認めなかった理由として、指揮命令等についての出向元の関与を挙げています。

 この点については、本件判決の一審判決についてですが、川口美貴著「労働法」第7版494頁注133では、「伊藤忠商事・シーアイマテックス事件・東京地判令2・2・25労判1242号91頁は、出向元は出向期間中指揮命令権を及ぼしているといった特段の事情がない限り安全配慮義務を負わないとするが、労働契約当事者として出向元の義務も肯定されるべきである。」と指摘されています。

 出向先の安全配慮義務違反を認めなかった理由としては、具体的な事実関係を前提として、予見可能性が認められないことを挙げています。出向先であれば当然に安全配慮義務違反が肯定されるわけではないので、予見可能性や結果回避可能性を根拠づける事実を主張する必要があります。

[i] 労働判例1300号32頁参照。

 判例タイムズ1507号76頁では、「本判決は、本件事案の事実関係に即して、使用者責任と運行供用者責任の準拠法を日本法と判断し、孫会社の従業員が起こした本件事故について親会社の使用者責任を認めた事例である。使用者責任及び運行供用者責任の準拠法を判断した裁判例は、一審判決及び本判決以外に見当たらない。」と述べられています。

[ⅱ] 西谷敏著「労働法」第3版425頁「出向先の使用者も安全配慮義務を負うし、出向元使用者もともに安全配慮義務を負うべき場合が多い。」

水町勇一郎著「詳解労働法」第2版525頁「使用者が労働者に対して負う安全配慮義務については、労働契約関係もしくは特別の社会的接触の関係に入った当事者が負う信義則上の義務または不法行為法上の注意義務として、出向元も出向先もその責任を負う主体となりうる。具体的な事案で出向元と出向先のいずれが(または双方が)この責任を負うかは、労働者の安全・健康にかかわる指揮命令や管理監督の実質的な権限をいずれが(または双方が)もっていたかによって判断される。」

川口美貴著「労働法」第7版494頁「出向では、労務供給の相手方は出向先であるから、出向元に加えて、出向先も、出向労働者に対して、安全配慮義務(職場環境調整義務、ハラスメント防止対策義務等を含む)や、信義則上の義務を負い(労契5条・3条4項、民1条2項)、出向労働者の不法行為に関する使用者責任(民715条)を負う場合もある。」

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