1 取締役が原則として労災保険の対象外であること
労災保険の対象は原則として労働者です。
したがって、取締役は、原則として、労災保険の対象外です。
2 取締役が労災保険の対象になる可能性があること
しかし、就労実態に鑑みて、取締役の労働者性が認められ、取締役が労災保険の対象となる場合があります[i]。
大阪中央労基署長(おかざき)事件・2003年10月29日大阪地方裁判所判決労働判例866号58頁(労災保険遺族補償給付等不支給決定取消請求事件)は、以下のとおり、専務取締役であった被災者の労働者性を認めています。
① 「被災者が専務取締役に就任した後も、その担当する業務は営業であって、その業務に格別変化はなく、他の従業員と同様に、小売店を回って注文を取る営業活動や商品の出荷作業に従事していただけでなく、事務所等の掃除も行うことがあり、営業成績等についても、他の従業員と同様、O社長から叱責を受けることもあったのである。
そうすると、被災者が専務取締役に就任したことをもって、直ちに本件会社との使用従属関係が消滅したということはできないし、本件において、被災者と本件会社との雇用契約が合意解約されたと認めるに足りる証拠も存しない。」
② 「もっとも、被災者は、登記簿上、取締役とされているだけでなく、取締役就任の際、自分の手帳にもその旨を記載して、自らが取締役であると認識し、取締役会の議事録にも記名押印し、従業員からも専務と呼称されていたほか、O社長が本件会社の代表取締役社長に就任する際、O社長は被災者に社長への就任とともに、出資して本件会社の株主になることを勧めたものの断られたという経緯があることからすると、被災者が単なる名目上の取締役にすぎなかったとは断言し難い面があるが、(略)労災保険法にいう「労働者」が実質的な概念である以上、被災者の呼称が専務取締役とされていることや被災者の認識などから、直ちに被災者が労働者性を喪失していたということはできない。」
③ 「また、前記認定事実によると、被災者は、本件会社の従業員の採用やその賃金の決定についてもO社長から相談を受けて関与していただけでなく、従業員が新規に取引先を開拓したり出張したりする際には一定の範囲で決裁を行い、新規の仕入れ等については、O社長の不在の際には代行して決裁し、O社長には事後報告をするなど、本件会社の業務の執行にも関与をし、従業員に対して一定の指揮命令を行っていたのであり、自己の担当する業務についても、O社長から逐一指揮命令を受けることはなく、一定の裁量を与えられていたことが窺われる。そして、被災者については、労働時間も管理の対象とはされておらず、従業員が遅刻早退によって皆勤手当が支払われなくなるのに対し、遅刻早退をしても報酬を減額されることはなく、代表取締役のO社長と同額の月額48万円(減額される前は月額60万円)の報酬が支給されており、本件会社の決算書類上、役員報酬として処理されていたこと、被災者は、他の従業員には支給されている皆勤手当、営業家族手当、住宅手当等や賞与の支給を受けておらず、従業員が給与から雇用保険料を控除されていたのに対し、雇用保険料を控除されていなかったこと、本件会社では、従業員については退職金制度は設けられていないのに対し、被災者については役員を対象とする保険に加入していたことが認められるなど、被災者と他の従業員との間には待遇等の面で差異がある。
しかし、被災者は、O社長が昭和58年ころ本件会社に従業員として就職した時点において、既に専務取締役に就任し、それまで同社長の祖父の代から約25年間営業に従事し、それに精通してきたことからすると、O社長が代表取締役に就任した後も、被災者が、前記のとおり、業務執行に関与し、一定の範囲で従業員に対し決裁や指揮命令を行い、また自己の担当する営業についても一定の裁量が与えられていたとしても、それは、O社長から一定の範囲で権限を委譲されていたと解することもできるのであって、必ずしも、被災者の労働者性と両立しない事実と評価することはできない。
また、被災者が労働時間の管理を受けていなかった点も、労働基準法41条は労働時間の規制を受けない管理監督者に該当する労働者の存在を是認しているし、前記認定のとおり、本件会社では従業員についても厳格な管理がされておらず、欠勤によって給与が控除されていなかった代わりに、残業をしても割増賃金が支払われていなかったことに照らしても、それのみで労働者性を喪失したものということはできない。また、代表者と同額の報酬を支給されていた点についても、O社長の祖父の代から営業に従事し、それに精通していた被災者の本件会社における地位の重要性を裏付けるものといえるが、これが、必ずしも、被災者が労働者性を有していたことと矛盾するとまではいうことはできないし、「基本給」の額については代表者の方が被災者よりも多い。
さらに、各種手当や賞与の支給の有無についても、被災者の労働者性と矛盾するとまではいえないし、被災者に対する報酬を役員報酬として決算処理し、被災者については雇用保険料が控除されていない点についても、本件会社は従業員を雇用していながら労災保険の加入手続をしていないことに照らしても、必ずしも、被災者の労働者性と矛盾する事実とはいい難い。
かえって、本件会社は、O社長の祖父が設立したもので、O社長の父親及びO社長が順次代表取締役に就任し、その株式はO社長の一族により保有され、役員も被災者を除いてはO社長の一族で占められている同族会社であるところ、被災者は、O社長の一族でないことはもちろん、本件会社の株式も保有したことがなく、O社長の祖父の代に本件会社に雇用されて以来、一貫して営業を担当し、本件会社においては最も営業に精通しているとはいえるものの、O社長から社長への就任や出資を勧められるなどして、本件会社の経営への参画を求められた際、それを拒絶しているのであって、このことは、むしろ、被災者がいわば三代にわたって筆頭の番頭的な立場で本件会社に貢献してきたが、O社長の一族と同じ経営者側の一員となるに至らなかったことを示しているというべきである。また、本件会社では取締役会も通常は開かれず、被災者も取締役会を通じては会社の業務執行に関する意思決定を行うことはしておらず、本件会社の定款・内規上、取締役に業務執行権限を認める旨の規定もないばかりか、被災者の死亡時に本件会社には営業担当の従業員は2名しかいなかったことも、営業を担当していた被災者が使用人兼務取締役であったことを推認させるというべきである。」
④ 「以上のとおりであるから、被災者が専務取締役に就任した後、被災者と本件会社との間の使用従属関係が消滅したとは認められないのであって、被災者は、労働基準法9条の『労働者』に該当し、労災保険法の保険給付の対象となる『労働者』にも該当するというべきである。」
なお、上記判決の事案に関して損害賠償請求訴訟も提起されていました。損害賠償請求訴訟の控訴審判決である2007年1月18日大阪高等裁判所判決判例時報1980号74頁は、以下のとおり判示して、会社の安全配慮義務違反を認めています。
① 「いわゆる労使関係における安全配慮義務は、使用者が被用者を指揮命令下において労務の提供を受けるについて、雇用契約の付随的義務として被用者の生命及び健康を危険から保護するよう配慮すべき義務をいうところ、本件におけるFは、久しく被控訴人会社の取締役の肩書を付されていたとはいうものの、その職種、労務内容、勤務時間、労務の提供場所等の実態に即してみれば、取締役の名称は名目的に付されたものにすぎず、被控訴人会社との法律関係は、その指揮命令に基づき営業社員としての労務を提供すべき雇用契約の域を出ないものというべきであって、被控訴人会社がFに対し、一般的に上記安全配慮義務を負担すべき地位にあったことを否定することはできない。」
また、「労働者として取り扱われる重役であっても、法人の機関構成員としての職務遂行中に生じた被災は保険給付の対象としないこと」とされております[ii]。したがって、労働者性が認められる就労実態についての業務の過重性を主張立証する必要があります[iii]。
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[i] 古川拓「労災事件救済の手引」第2版164頁、大阪過労死問題連絡会編「過労死・過労自殺の救済Q&A」第3版26頁以下
[ii]昭和 34 年 1 月 26 日基発第 48 号
[iii]大阪過労死問題連絡会編「過労死・過労自殺の救済Q&A」第3版26頁以下