1 はじめに
労働者が労働災害の事故に遭った場合、労災申請できるのは誰でしょうか?
また、どこに何を提出する必要があるのでしょうか?
2 請求権者
労災保険の給付を請求できるのは、被災した労働者又は遺族です[i]。
なお、遺族は、遺族固有の権利として労災保険の給付を請求する権利がありますので、労働者の権利を相続するという関係に立つわけではありません(なお、遺族が相続しないと(相続放棄をすると)、労働者の会社に対する損害賠償を請求する権利を相続できなくなります。)。
3 事業主の証明
事業主(以下、「会社」といいます。)[ii]は、労働者又は遺族から労災保険給付の請求に必要な証明を求められた場合にはすみやかに証明を行い、労働者又は遺族が自ら手続を行うことが困難な場合には、その手続を行うことができるよう助力しなければなりません[iii]。
それでも会社が協力してくれない場合、会社の押印がなくても労災保険給付の請求ができます。
4 請求書の提出
請求書は、請求権者が、事業場を管轄する労働基準監督署長に提出します[iv]。
療養補償給付については、労災病院や労災指定病院等で治療を受ける場合、請求権者が直接に所轄の労働基準監督署長に提出するのではなく、病院等に提出することで、病院等を経由して、所轄の労働基準監督署長に提出されます。
会社が証明に協力してくれない場合、請求書を所轄の労働基準監督署長に対して提出する際に、会社が押印しなかった経緯を文書等で説明すれば、請求を受け付けてもらえます。
5 労災隠し
会社から「治療費は出すから労災保険給付の請求をしないでくれ」と頼まれる場合等があります。このような場合、会社が労災を認めているわけでも、所轄の労働基準監督署長が労災を認めているわけでもありません。
会社が「治療費を出す」等といっても、そのとおり治療費等が出されるとは限りません。また、労災ではなく、私傷病(業務以外によるもの)として扱われ、解雇を押し付けるケース等もあります。
何故このようなことが起きるのでしょうか?
労災が認定されても、支給金は国が支払うので、会社の支払う労災保険料率が上がる場合があること以外には、会社としては経済的な不利益はありません。
しかし、労災申請によって、労働基準監督署による会社に対する指導監督等もあり得ます。また、過労死・過労自殺のような場合、会社の社会的イメージの低下を恐れる場合もあります。さらに、労災申請後、労働者や遺族が会社に対して損害賠償請求をする可能性もあります。そのため、会社が労災申請に消極的になることがあります。
ですが、労災保険給付の請求をしないという選択は原則としてすべきではないと考えます。
なお、会社は、事業所内等で所定の事故が発生した場合、遅滞なく、報告書を管轄の労働基準監督署長に提出しなければいけません。また、労働者が労災事故等によって死亡等したときにも、遅滞なく、労働基準監督署長に対して報告書を提出しなければいけません[v]。違反した場合、50万円以下の罰金に処せられます[vi]。会社が労災隠しをしようとしたときには、労働基準監督署長に報告することが考えられます。
労働災害の請求は、当事務所へご相談ください。お問い合わせは、「お問い合わせフォーム」からお願いいたします。
6 参考文献
大阪過労死問題連絡会編「過労死・過労自殺の救済Q&A」第3版・6頁以下、17頁以下
佐久間大輔「精神疾患・過労死」第2版・133頁以下
中島光孝他監修大橋さゆり他「弁護士・社労士・税理士が書いたQ&A労働事件と労働保険・社会保険・税金」64頁以下
佐々木育子編「Q&A実務家が知っておくべき社会保障」160頁以下
旬報法律事務所「明日、相談を受けても大丈夫!労働事件の基本と実務」292頁
[i] 労働者災害補償保険法12条の8第1項 (略)
2項 前項の保険給付(傷病補償年金及び介護補償給付を除く。)は、労働基準法第75条から第77条まで、第79条及び第80条に規定する災害補償の事由又は船員法(略)第89条第1項、第91条第1項、第92条本文、第93条及び第94条に規定する災害補償の事由(同法第91条第1項にあっては、労働基準法第76条第1項に規定する災害補償の事由に相当する部分に限る。)が生じた場合に、補償を受けるべき労働者若しくは遺族又は葬祭を行う者に対し、その請求に基づいて行う。
3項~4項 (略)
[ii] 労働者災害補償保険法3条1項 この法律においては、労働者を使用する事業を適用事業とする。
2項 (略)
[iii] 労働者災害補償保険法施行規則23条1項 保険給付を受けるべき者が、事故のため、みずから保険給付の請求の請求その他の手続を行うことが困難である場合には、事業主は、その手続を行うことができるように助力しなければならない。
2項 事業主は、保険給付を受けるべき者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない。
[iv] 労働者災害補償保険法施行規則1条1項 (略)
2項 労働者災害補償保険(略)に関する事務(労働保険の保険料の徴収等に関する法律(略)、失業保険法及び労働者災害補償保険法の一部を改正する法律及び労働保険の保険料の徴収等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(略)及び賃金の支払の確保等に関する法律(略)に基づく事務並びに厚生労働大臣が定める事務を除く。以下「労働者災害補償保険等関係事務」という。)は、厚生労働省労働基準局長の指揮監督を受けて、事業場の所在地を管轄する都道府県労働局長(以下「所轄都道府県労働局長」という。)が行う。ただし、次の各号に掲げる場合は、当該各号に定める者を所轄都道府県労働局長とする。
1号 事業場が2以上の都道府県労働局の管轄区域にまたがる場合 その事業の主たる事務所の所在地を管轄する都道府県労働局長
2号 当該労働者災害補償保険等関係事務が法第7条第1項第2号に規定する複数業務要因災害に関するものである場合 同号に規定する複数事業労働者の2以上の事業のうち、その収入が当該複数事業労働者の生計を維持する程度が最も高いもの(略)の主たる事務所の所在地を管轄する都道府県労働局長
3項 労働者災害補償保険等関係事務のうち、保険給付(二次健康診断等給付を除く。)並びに社会復帰促進等事業のうち労災就学等援護費及び特別支給金の支給並びに厚生労働省労働基準局長が定める給付に関する事務は、都道府県労働局長の指揮監督を受けて、事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長(以下「所轄労働基準監督署長」という。)が行う。ただし、次の各号に掲げる場合は、当該各号に定める者を所轄労働基準監督署長とする。
1号 事業場が2以上の労働基準監督署の管轄区域にまたがる場合 その事業の主たる事務所の所在地を管轄する労働基準監督署長
2号 当該労働者災害補償保険等関係事務が法第7条第1項第2号に規定する複数業務要因災害に関するものである場合 生計維持事業の主たる事務所の所在地を管轄する労働基準監督署長
労働者災害補償保険法施行規則12条 療養補償給付たる療養の給付を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した請求書を、当該療養の給付を受けようとする第11条第1項の病院若しくは診療所、薬局又は訪問看護事業者(略)を経由して所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
1号~6号 (略)
2項 前項第3号及び第4号に掲げる事項については、事業主(法第7条第1項第1号又は第2号に規定する負傷、疾病、障害又は死亡が発生した事業場以外の事業場(以下「非災害発生事業等」という。)の事業主を除く。(略))の証明を受けなければならない。
3項 療養補償給付たる療養の給付を受ける労働者は、当該療養の給付を受ける指定病院等を変更しようとするときは、次に掲げる事項を記載した届書を、新たに当該療養の給付を受けようとする指定病院等を経由して所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
1号~5号 (略)
4項 前2項の規定は、前項第3号及び第4号に掲げる事項について準用する。
労働者災害補償保険法施行規則12条の2第1項 療養補償給付たる療養の費用の支給を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した請求書を、所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
1号~8号 (略)
2項 前項第3号及び第4号に掲げる事項については事業主の証明を、同項第5号及び第6号に掲げる事項については医師その他の診療、薬剤の支給、手当又は訪問看護を担当した者(略)の証明を受けなければならない。ただし、看護(病院又は診療所の労働者が提供するもの及び訪問看護を除く。(略))又は移送に要した費用の額については、この限りでない。
3項 (略)
労働者災害補償保険法施行規則12条の3第1項 療養補償給付たる療養の給付を受ける労働者は、傷病補償年金を受けることとなった場合には、次に掲げる事項を記載した届書を、当該療養の給付を受ける指定病院等を経由して所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
1号~4号 (略)
2項~4項 (略)
労働者災害補償保険法施行規則13条1項 休業補償給付の支給を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した請求書を、所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
1号~9号 (略)
2項 前項第3号から第7号まで及び第9号に掲げる事項(略)については事業主の証明を、同項第6号に掲げる事項中療養の期間、傷病名及び傷病の経過については診療担当者の証明を受けなければならない。
3項 (略)
労働者災害補償保険法施行規則14条の2 障害補償給付の支給を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した請求書を、所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
1号~8号 (略)
2項~4項 (略)
労働者災害補償保険法施行規則15条の2第1項 遺族補償年金の支給を受けようとする者(次条第1項又は第15条の4第1項の規定に該当する者を除く。)は、次に掲げる事項を記載した請求書を、所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
1号~9号 (略)
2項 前項第4号から第6号の2までに掲げる事項(略)については、事業主の証明を受けなければならない。ただし、死亡した労働者が傷病補償年金を受けていた者であるときは、この限りでない。
3項 (略)
労働者災害補償保険法施行規則16条1項 遺族補償一時金の支給を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した請求書を、所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
1号~3号 (略)
2項 前項第3号ロからニまでに掲げる事項(略)については、事業主の証明を受けなければならない。ただし、死亡した労働者が傷病補償年金を受けていた者であるときは、この限りでない。
3項~4項 (略)
労働者災害補償保険法施行規則17条の2第1項 葬祭料の支給を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した請求書を、所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
1号~7号 (略)
2項 前項第4号から第6号までに掲げる事項(略)については、事業主の証明を受けなければならない。ただし、死亡した労働者が傷病補償年金を受けていた者であるときは、この限りでない。
3項 (略)
[v] 労働安全衛生法100条1項 厚生労働大臣、都道府県労働局長又は労働基準監督署長は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、厚生労働省令で定めるところにより、事業者、労働者、機械等貸与者、建築物貸与者又はコンサルタントに対し、必要な事項を報告させ、又は出頭を命じることができる。
2項~3項 (略)
労働安全衛生規則96条1項 事業者は、次の場合は、遅滞なく、様式第22号による報告書を所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
1号 事業場又はその附属建設物内で、次の事故が発生したとき
イ 火災又は爆発の事故(次号の事故を除く。)
ロ 遠心機械、研削といしその他高速回転体の破裂の事故
ハ 機械集材装置、巻上げ機又は索道の鎖又は索の切断の事故
ニ 建設物、附属建設物又は機械集材装置、煙突、高架そう等の倒壊の事故
2号 令第1条第3号のボイラー(小型ボイラーを除く。)の破裂、煙道ガスの爆発又はこれらに準ずる事故が発生したとき
3号 小型ボイラー、令第1条第5号の第一種圧力容器及び同条第7号の第二種圧力容器の破裂の事故が発生したとき
4号 クレーン(クレーン則第2条第1号に掲げるクレーンを除く。)の次の事故が発生したとき
イ 逸走、倒壊、落下又はジブの折損
ロ ワイヤロープ又はつりチェーンの切断
5号 移動式クレーン(クレーン則第2条第1号に掲げる移動式クレーンを除く。)の次の事故が発生したとき
イ 転倒、倒壊又はジブの折損
ロ ワイヤロープ又はつりチェーンの切断
6号 デリック(クレーン則第2条第1号に掲げるデリックを除く。)の次の事故が発生したとき
イ 倒壊又はブームの折損
ロ ワイヤロープの切断
7号 エレベーター(クレーン則第2条第2号及び第4号に掲げるエレベーターを除く。)の次の事故が発生したとき
イ 昇降路等の倒壊又は搬器の墜落
ロ ワイヤロープの切断
8号 建設用リフト(クレーン則第2条第2号及び第3号に掲げる建設用リフトを除く。)の次の事故が発生したとき
イ 昇降路等の倒壊又は搬器の墜落
ロ ワイヤロープの切断
9号 令第1条第9号の簡易リフト(クレーン則第2条第2号に掲げる簡易リフトを除く。)の次の事故が発生したとき
イ 搬器の墜落
ロ ワイヤロープ又はつりチェーンの切断
10号 ゴンドラの次の事故が発生したとき
イ 逸走、転倒、落下又はアームの折損
ロ ワイヤロープの切断
2項 次条第1項の規定による報告書の提出と併せて前項の報告書の提出をしようとする場合にあっては、当該報告書の記載事項のうち次条第1項の報告書の記載事項と重複する部分の記入は要しないものとする。
労働安全衛生規則97条1項 事業者は、労働者が労働災害その他就業中又は事業場内若しくはその附属建設物内における負傷、窒息又は急性中毒により死亡し、又は休業したときは、遅滞なく、様式第23号による報告書を所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
2項 前項の場合において、休業の日数が4日に満たないときは、事業者は、同項の規定にかかわらず、1月から3月まで、4月から6月まで、7月から9月まで及び10月から12月までの期間における当該事実について、様式第24項による報告書をそれぞれの期間における最後の月の翌月末日までに、所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。
[vi] 労働安全衛生法120条 次の各号のいずれかに該当する者は、50万円以下の罰金に処する。
1号~4号 (略)
5号 第100条第1項又は第3項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は出頭しなかった者 第6号 (略)