1 はじめに
精神障害の労災が認められるためには、原則として、①対象となる精神障害の発病、②発病前のおおむね6か月間の業務による強い心理的負荷が認められること、③業務以外の心理的負荷や個体側の要因によって発病したと認められないこと、を満たす必要があります。
上記②の発病前のおおむね6か月間の業務による強い心理的負荷について、労働時間に関して、認定基準の別表1「業務による心理的負荷評価表」には、時間外労働時間数[i](週40時間を超えて労働した時間数をいいます。)等を指標とする具体例が示されています。例えば、1か月に80時間以上の時間外労働を行ったことが具体的出来事として示されています。
他方で、労働基準法では、主体的で柔軟な労働時間制度が設けられており、例えば事業場外労働のみなし制、裁量労働制や、高度プロフェッショナル制度があります。
そのような制度が適用される場合、労働時間に関する業務による強い心理的負荷についてはどのように考えればよろしいのでしょうか?
2 事業場外労働のみなし制と裁量労働制とは?
前提として、事業場外労働のみなし制と裁量労働制とはどのような制度でしょうか?
事業場外労働のみなし制は、労働者が労働時間の全部または一部について事業場施設の外で業務に従事した場合に、原則として、実労働時間ではなく、所定労働時間の労働をしたものとみなす取り扱いです[ii][iii]。例えば、取材記者、外勤営業社員や出張中の社員等が考えられます。
裁量労働制は、労働者の裁量に委ねる必要のある業務に就く労働者について、実労働時間ではなく、労働者と使用者とであらかじめ定めた時間を労働したとみなす制度です[iv]。例えば、研究開発技術者、情報処理技術者、プロデューサー等が考えられます。
3 事業場外労働のみなし制や裁量労働制が適用される場合の労働時間に関する業務による心理的負荷について
2021年3月に厚生労働省労働基準局補償課が取りまとめた「労働時間の認定に係る質疑応答・参考事例集」では、裁量労働制や事業場外労働に関するみなし労働時間制を採用している場合であっても、被災労働者の労働時間の把握を行い、その労働時間による業務の負荷の評価を行うこととなるとしています(25頁)。
しかし、さらに続けて、みなし労働時間制が採用され、かつ、被災労働者の労働時間が把握できない場合は、みなし労働時間制によりみなした労働時間により推計することとしています(25頁)。つまり、実際の労働時間ではない、みなした労働時間によって、業務の負荷の評価が行われることになります。
したがって、そもそも労働者にみなし労働制が適用されるのか、適用されるとして、実際の労働時間によって業務の負荷が行われるのか、仮に労働基準監督署にはみなした労働時間によって業務の負荷の評価が行われてしまうとしても、例えば裁判官だったらどのように評価を行うか等、労働の実態を踏まえて、慎重に検討、判断する必要があります。
4 高度プロフェッショナル制度
なお、高度プロフェッショナル制度[v]は、労働時間、休憩、休日と深夜の割増賃金に関する規制の適用が除外される制度です。例えば、資産運用会社のファンドマネージャーや、新技術を導入して行う管理方法の構築等の業務の従事者等が考えられます。
高度プロフェッショナル制度が適用される労働者については、労働時間がみなされることはなく、実際の労働時間によって、業務の負荷の評価を行います。
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5 参考文献
「改正労働基準法の施行について」(1988年1月1日基発第1号、婦発第1号)
「心理的負荷による精神障害の認定基準」(2023年9月1日基発0901第2号別添)
精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」26頁以下
「労働時間の認定に係る質疑応答・参考事例集」(2021年3月30日基補発0330第1号別添)25頁以下
菅野和夫「労働法」第12版・541頁以下、544頁以下、551頁以下
大阪過労死問題連絡会編「過労死・過労自殺の救済Q&A」第3版・117頁以下
第二東京弁護士会労働問題検討委員会編「労働事件ハンドブック」改訂版・118頁以下、122頁以下、124頁以下
[i] なお、労働時間の考え方には議論があります。
水町勇一郎「脳・心臓疾患等の労災認定基準と『労働時間』概念」季刊労働法280号121頁以下は、まず、「『労災認定における労働時間は労働基準法第32条で定める労働時間と同義であることを踏まえ、被災労働者の業務における過重性などの負荷の評価の観点から、労災部署において労働時間を適切に評価する必要がある。その上で、被災労働者の労働時間の具体的な認定に当たっては、使用者の指揮命令下にあると認められる時間を適切に把握することが重要である。』これは、2021(令和3)年3月30日に厚生労働省労働基準局補償課長名で発出された『労働時間の認定に係る質疑応答・参考事例集の活用について』(略)に添付された『労働時間の認定に係る質疑応答・参考事例集』(略)における記述である(略)。その表現から、厚生労働省の労災担当部署は、労災認定基準における労働時間(略)を労基法上の労働時間と同じ概念であるとする解釈を採っていることが窺える。」と述べられています(121頁)。
その上で、労災保険法上の認定基準としての労働時間をめぐる解釈について、同義説(労災保険法上の認定基準時間を労働基準法上の労働時間と同義と解釈し、労働時間以外の事情は労働時間以外の負荷要因として考慮するという解釈)と峻別説(労働基準法上の労働時間と労災認定基準としての労働時間とを峻別し、後者を、労働者災害補償保険法の趣旨・性格に沿って、「労働者が労働契約に基づき使用者の支配下にある状態で、労働者が休息・睡眠をとることが妨げられる時間」と定義する説)について述べられています(131頁~132頁)。
[ii] 労働基準法38条の2第1項 労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。
2項 前項ただし書の場合において、当該業務に関し、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは、その協定で定める時間を同項ただし書の当該業務の遂行に通常必要とされる時間とする。
3項 使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、前項の協定を行政官庁に届け出なければならない。
[iii] 「改正労働基準法の施行について」(1988年1月1日基発第1号、婦発第1号)では、次の場合のように、事業場外で業務に従事する場合であっても、使用者の具体的な指揮監督が及んでいる場合については、労働時間の算定が可能であるので、みなし労働時間制の適用はないものであるとされています。
① 何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合
② 事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合
③ 事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場にもどる場合
[iv] 労働基準法38条の3第1項 使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、次に掲げる事項を定めた場合において、労働者を第1号に掲げる業務に就かせたときは、当該労働者は、厚生労働省令で定めるところにより、第2号に掲げる時間労働したものとみなす。
1号 業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして厚生労働省令で定める業務のうち、労働者に就かせることとする業務(以下この条において「対象業務」という。)
2号 対象業務に従事する労働者の労働時間として算定される時間
3号 対象業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し、当該対象業務に従事する労働者に対し使用者が具体的な指示をしないこと。
4号 対象業務に従事する労働者の労働時間の状況に応じた当該労働者の健康及び福祉を確保するための措置を当該協定で定めるところにより使用者が講ずること。
5号 対象業務に従事する労働者からの苦情の処理に関する措置を当該協定で定めるところにより使用者が講ずること。
6号 前各号に掲げるもののほか、厚生労働省令で定める事項
2項 前条第3項の規定は、前項の協定について準用する。
労働基準法第38条の4第1項 賃金、労働時間その他の当該事業場における労働条件に関する事項を調査審議し、事業主に対し当該事項について意見を述べることを目的とする委員会(略)が設置された事業場において、当該委員会がその委員の5分の4以上の多数による議決により次に掲げる事項に関する決議をし、かつ、使用者が、厚生労働省令で定めるところにより当該決議を行政官庁に届け出た場合において、第2号に掲げる労働者の範囲に属する労働者を当該事業場における第1号に掲げる業務に就かせたときは、当該労働者は、厚生労働省令で定めるところにより、第3号に掲げる時間労働したものとみなす。
1号 事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であって、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務(以下この条において「対象業務」という。)
2号 対象業務を適切に遂行するための知識、経験等を有する労働者であって、当該対象業務に就かせたときは当該決議で定める時間労働したものとみなされることとなるものの範囲
3号 対象業務に従事する前号に掲げる労働者の範囲に属する労働者の労働時間として算定される時間
4号 対象業務に従事する第2号に掲げる労働者の範囲に属する労働者の労働時間の状況に応じた当該労働者の健康及び福祉を確保するための措置を当該決議で定めるところにより使用者が講ずること。
5号 対象業務に従事する第2号に掲げる労働者の範囲に属する労働者からの苦情の処理に関する措置を当該決議で定めるところにより使用者が講ずること。
6号 使用者は、この項の規定により第2号に掲げる労働者の範囲に属する労働者を対象業務に就かせたときは第3号に掲げる時間労働したものとみなすことについて当該労働者の同意を得なければならないこと及び当該同意をしなかった当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならないこと。
7号 前各号に掲げるもののほか、厚生労働省令で定める事項
2項~5項 (略)
[v] 労働基準法第41条の2第1項 賃金、労働時間その他の当該事業場における労働条件に関する事項を調査審議し、事業主に対し当該事項について意見を述べることを目的とする委員会(略)が設置された事業場において、当該委員会がその委員の5分の4以上の多数による議決により次に掲げる事項に関する決議をし、かつ、使用者が、厚生労働省令で定めるところにより当該決議を行政官庁に届け出た場合において、第2号に掲げる労働者の範囲に属する労働者(以下この項において「対象労働者」という。)であって書面その他の厚生労働省令で定める方法によりその同意を得たものを当該事業場における第1号に掲げる業務に就かせたときは、この章で定める労働時間、休憩、休日及び深夜の割増賃金に関する規定は、対象労働者については適用しない。ただし、第3号から第5号までに規定する措置のいずれかを使用者が講じていない場合は、この限りでない。
1号 高度の専門的知識等を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められるものとして厚生労働省令で定める業務のうち、労働者に就かせることとする業務(以下この項において「対象業務」という。)
2号 この項の規定により労働する期間において次のいずれにも該当する労働者であって、対象業務に就かせようとするものの範囲
イ 使用者との間の書面その他の厚生労働省令で定める方法による合意に基づき職務が明確に定められていること。
ロ 労働契約により使用者から支払われると見込まれる賃金の額を一年間当たりの賃金の額に換算した額が基準年間平均給与額(略)の3倍の額を相当程度上回る水準として厚生労働省令で定める額以上であること。
3号 対象業務に従事する対象労働者の健康管理を行うために当該対象労働者が事業場内にいた時間(略)と事業場外において労働した時間との合計の時間(略)を把握する措置(略)を当該決議で定めるところにより使用者が講ずること。
4号 対象業務に従事する対象労働者に対し、一年間を通じ140日以上、かつ、4週間を通じ4日以上の休日を当該決議及び就業規則その他これに準ずるもので定めるところにより使用者が与えること。
5号 対象業務に従事する対象労働者に対し、次のいずれかに該当する措置を当該決議及び就業規則その他これに準ずるもので定めるところにより使用者が講ずること。
イ 労働者ごとに始業から24時間を経過するまでに厚生労働省令で定める時間以上の継続した休息時間を確保し、かつ、第37条第4項に規定する時刻の間において労働させる回数を1箇月について厚生労働省令で定める回数以内とすること。
ロ 健康管理時間を1箇月又は3箇月についてそれぞれ厚生労働省令で定める時間を超えない範囲内とすること。
ハ 1年に1回以上の継続した2週間(略)について、休日を与えること。
ニ 健康管理時間の状況その他の事項が労働者の健康の保持を考慮して厚生労働省令で定める要件に該当する労働者に健康診断(略)を実施すること。
6号 対象業務に従事する対象労働者の健康管理時間の状況に応じた当該対象労働者の健康及び福祉を確保するための措置であって、当該対象労働者に対する有給休暇(略)の付与、健康診断の実施その他の厚生労働省令で定める措置のうち当該決議で定めるものを使用者が講ずること。
7号 対象労働者のこの項の規定による同意の撤回に関する手続
8号 対象業務に従事する対象労働者からの苦情の処理に関する措置を当該決議で定めるところにより使用者が講ずること。
9号 使用者は、この項の規定による同意をしなかった対象労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならないこと。
10号 前各号に掲げるもののほか、厚生労働省令で定める事項 第2項~第5項 (略)