1 はじめに
労災申請、損害賠償請求や職場環境改善要求等、労働問題においてパワーハラスメントが問題となることは少なくありません。
2 パワーハラスメントの定義
それでは、パワーハラスメントは、どういう意味なのでしょうか?
労働施策総合推進法[i]とパワハラ防止指針[ii]の定義によると、パワーハラスメントは、以下の3つの要素をすべて満たす言動とされています。
① 職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③ その雇用する労働者の就業環境が害される
⑴ 「職場」とは?
「職場」は、会社が雇用する労働者が仕事をする場所を指します。
労働者が通常仕事している場所以外の場所であっても、「職場」に含まれます。
⑵ 「労働者」とは?
労働者は、いわゆる正規雇用労働者だけではなく、パートタイム労働者や契約社員などのいわゆる非正規雇用労働者等を含む、労働者の全てをいいます。
⑶ 「優越的な関係を背景とした」とは?
「優越的な関係を背景とした」言動は、会社の仕事をするに当たって、その言動を受ける労働者が、その言動の行為者とされる者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものを指します。
パワハラ防止指針では、例えば以下のもの等が含まれるとされています。
①職務上の地位が上位の者による言動
②同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、その者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
③同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの
以上のとおり、上司以外の者からの言動も、「優越的な関係を背景とした」言動になり得ます。
⑷ 「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」とは?
「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動とは、社会通念に照らし、その言動が明らかに会社の業務上必要性がない、又はその態様が相当でないものを指します。
パワハラ防止指針では、例えば以下のもの等が含まれるとされています。
①業務上明らかに必要性のない言動
②業務の目的を大きく逸脱した言動
③業務を遂行するための手段として不適当な言動
④当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動
⑸ 「労働者の就業環境が害される」とは?
「労働者の就業環境が害される」は、当該言動によって労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等、当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることです。
「労働者の就業環境が害される」かの判断では、平均的な労働者の感じ方が適当であるとされています。
3 ある言動がパワーハラスメントに当たるかの判断の方法
ある言動がパワーハラスメントに当たるか否かは、パワハラ防止指針では、上述の①~③の要素を全て満たすか、その言動の目的や、言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容、その程度等のその言動が行われた経緯や状況、業務の内容や性質、その言動の態様、頻度、継続性等や、その言動によって労働者が受ける身体的又は精神的な苦痛の程度等を総合的に考慮して判断することが必要とされています。
4 パワーハラスメントの具体例
⑴ 代表的な言動の6類型
パワハラ防止指針では、以下の代表的な言動の類型があるとされています。
① 身体的な攻撃(暴行・傷害)
② 精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)
③ 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
④ 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
⑤ 過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
⑥ 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
⑵ 身体的な攻撃とは?
パワハラ防止指針では、該当すると考えられる例として、殴打、足蹴りを行うこと等が挙げられています。
また、該当しないと考えられる例として、誤ってぶつかることが挙げられています。
⑶ 精神的な攻撃とは?
パワハラ防止指針では、該当すると考えられる例として、人格を否定するような言動を行うことや他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと等が挙げられています。
また、該当しないと考えられる例として、遅刻などの社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注意すること等が挙げられています。
⑷ 人間関係からの切り離しとは?
パワハラ防止指針では、該当すると考えられる例として、一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること等が挙げられています。
また、該当しないと考えられる例として、新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に別室で研修等の教育を実施すること等が挙げられています。
⑸ 過大な要求とは?
パワハラ防止指針では、該当すると考えられる例として、新卒採用者に対して必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責することや、労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること等が挙げられています。
また、該当しないと考えられる例として、業務の繁忙期に、業務上の必要性から、その業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること等が挙げられています。
⑹ 過小な要求とは?
パワハラ防止指針では、該当すると考えられる例として、管理職である労働者を退職させるために誰でも遂行可能な業務を行わせること等が挙げられています。
また、該当しないと考えられる例として、労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減することが挙げられています。
⑺ 個の侵害とは?
パワハラ防止指針では、該当すると考えられる例として、労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること等が挙げられています。
また、該当しないと考えられる例として、労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングを行うこと等が挙げられています。
5 パワーハラスメントに関する法的な問題
例えば、パワーハラスメントを受けた労働者は、会社等に対して、損害賠償請求ができる可能性があります。
パワーハラスメントによってうつ病等の精神障害に罹患した労働者やそのご遺族は、労災の認定を受けることができる可能性もあります。
いずれにしても、パワーハラスメントの内容や程度等が問題となります。また、それを裏付ける証拠を集めることが重要になります。
6 さいごに
パワーハラスメントを受けた労働者は、損害賠償請求等の対応もできる可能性があります。他方で、損害賠償請求等の対応をとること自体が、ストレスを大きくしてしまう可能性もあります。健康を守ることも重要ですので、対応は、慎重に検討する必要があります。
パワーハラスメントを受け自殺した方のご遺族は、真相究明、労災申請、会社に対する損害賠償請求などができる可能性があります。他方で、やはり、ストレスを大きくしてしまう可能性がありますので、対応は、慎重に検討する必要があります。
再発防止策を考え、同じようなことが繰り返されないようにすることも、重要です。
パワーハラスメントによる精神疾患発病の労働災害は、当事務所へご相談ください。お問い合わせは、「お問い合わせフォーム」からお願いいたします。
7 参考文献
「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)
[i] 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律30条の2第1項 事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
2項 事業主は、労働者が前項の相談を行ったこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
3項~6項 略
[ii] 「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)